塚本晋也監督の最新作『斬、』ヴェネチアに続きトロントで北米プレミアを開催!
現地時間9月11日、塚本晋也監督の『斬、』(11月24日公開)が開催中のトロント国際映画祭で上映され、先日行われたヴェネチア国際映画祭でのワールド・プレミアに続き、北米プレミアとなった。
上映に先立って挨拶に立った塚本監督が「トロントには『鉄男』(89)以来何度も呼んでいただいているので、最初に来た頃はCNタワー(トロントの観光地)に登ったり、ナイアガラの滝に行ったりと観光もしましたが、今は映画を観て過ごしています」と言うと、満席の観客席からは大喝采が巻き起こった。「前作の『野火』(14)は、長い平和の時間が終わり日本だけでなく世界中が戦争へ向かっているような状況に危機感を感じて作りました。そして作品が観客の皆さんにきちんと届いたので、自分の中でも安心する気持ちが起きるかと思ったんですが、それから3年が経っても全く安心感が得られなかった不安を、今作であたかも叫びのような形で映画にしました」。
上映後の質疑応答で、時代劇を作った理由を問われた塚本は、「時代劇そのものはいつか作りたいと思っていました。それに20年くらい前から、1本の刀をずっと見つめているだけの浪人を描きたいというアイデアを持っていた。『野火』の後に、今の時代に対する不安と浪人の心がひとつに合わさって、短い期間に一気に作ることができた」と回答。
キャスティングについての質問に塚本が「池松壮亮、蒼井優のふたりを念頭において企画を進めており、出演が決まった時に映画の骨格が決まりました。僕の映画にはよく自分自身も出演するのですが、殺陣の練習中にぎっくり腰になってしまい、編集で上手く見えるようにカバーしました(笑)」と答えると、満場の客席から大きな笑い声と拍手が起きた。
その後、客席からは、塚本のトロントでの上映歴を感じさせるような年季の入ったファンからの質問が相次いだ。「音楽の石川忠さんとのコラボレーションについて教えてほしい」という質問に対し、塚本監督は「石川さんとは『鉄男』から30 年くらい一緒に作品を作っており、『斬、』の音楽も石川さんに依頼していたのですが、去年の暮れに石川さんが亡くなられてしまいました。僕は彼の死がどうしても受け入れられなくて、石川さんがこれまで僕の映画用にと作った曲だけでなく、残されていた未使用曲も全部聴いて編集しました。天国の石川さんと話しながら決めていった感じだったので、エンドロールに石川忠さんのお名前が出ています」答え、会場から拍手が起きた。
映画の中で描かれる暴力性については、「僕の映画に暴力シーンが多いのは、日本は平和な時代が長く続いたのと、僕自身が漫画世代であり、アメリカン・ニューシネマに影響されて映画を作っていたので、人間の中にある暴力性をファンタジーとして描いてきたから。実世界にはないファンタジーとして、ガス抜きの意味合いで使っていたけど、実際に暴力が身近に感じられるようになるとファンタジーとしての暴力を描きたくなくなって、暴力を本当に嫌な恐ろしいものとして描きたくなったのが、『野火』から現在までの心境です」と、冒頭の挨拶にもあったような現在の世界情勢への危機感について再び語った。
質疑応答終了後にも、塚本監督のもとに駆け寄り感想を述べたり、質問する観客の姿が多く見られ、トロント国際映画祭と塚本晋也作品の関係の歴史を感じさせるような北米プレミアとなった。
取材・文/平井伊都子