『約束の葡萄畑』のニキ・カーロ監督が語る「映画とワイン造りは似ています」
『クジラの島の少女』(03)、『スタンドアップ』(05)のニキ・カーロ監督が、最新作『約束の葡萄畑 あるワイン醸造家の物語』(10月23日より全国順次公開)のPRで来日。これまでの作品から、硬派でまじめな女流監督という想像を抱いていたが、実際のニキ・カーロ監督は、終始明るい笑顔を絶やさない温かい印象の女性だった。インタビューでは、ワイン醸造家の愛と人生を綴った新作に込めた思いを語ってくれた。
映画の舞台は、1808年のフランス・ブルゴーニュ地方。若い農夫のソブラン(ジェレミー・レニエ)は、最高のヴィンテージワインを造ることに野心を燃やすが、地域を治める伯爵に一笑され、思い悩んでいた。ある晩、ソブランは、ザス(ギャスパー・ウリエル)という名の天使と出会い、ワイン造りや恋の悩みを打ち明ける。そしてふたりは1年後の再会を約束する。
原作は、ニュージーランドの作家、エリザベス・ノックスのベストセラー小説。ニキ・カーロ監督を惹き付けた原作の魅力とは? 「ソブランの人生と愛の物語がとてもロマンチックに描かれています。ひとつは妻セレストとの肉体的な愛。ひとつは雇用主であるオーロラとの仕事上の仲間としての知的な愛。そしてもうひとつは、天使とのスピリチュアルな愛。人間であるということは、どういうことなのかを考えさせられる作品でした」。
今回、カーロ監督にとって一番の挑戦となったのは、天使の見せ方だ。CGを一切使用することなく生み出された天使の翼は、その羽ひとつひとつが生々しいほどのリアル感がある。「ソブランが初めて天使に出会うシーンは最も重要でした。天使に抱かれた感触はCGでは描けないし、この映画を大地に根ざした作品にするためには、CGを使うことは間違っていると思いました。できあがった天使の翼は、とても美しく、ギャスパーが翼をつけている時には、周りのみんなが思わず触ってしまうほど触り心地の良い翼でした(笑)」。
また本作には、『クジラの島の少女』主演、若干13歳でオスカーにノミネートされたケイシャ・キャッスル=ヒューズが、ソブランの妻セレスト役で登場する。無垢で純真な少女を演じていた彼女が、本作で魅せるのはセクシーな表情とボディだ。その成長ぶりには驚くしかない。「彼女は本能的で才能ある女優です。セレストはセクシーで予測がつかない行動をとったりしますが、ケイシャ自身はとても謙虚な女性。ケイシャは本来自分が持っていない気質を出すことができるのです。さすがだなと思いました。ケイシャとの出会いは、映画作家の私にとって贈り物だったと思っています」。
ソブランのワイン造りは、天使ザスに見守られて順調に進むと思われたが、葡萄畑には病気が蔓延。愛する家族にも悲劇が訪れるなど、幾多の困難がソブランを襲う。だがザスは、それらすべてがワイン造りに必要なのだとソブランを戒める。ニキ・カーロ監督は「映画とワイン造りは似ている」と話す。「ワインは自然の力に影響されてしまう。映画作りもまた同様です。当初は、谷一面が雪で覆われるシーンなんて絶対に撮れないと思っていました。でも奇跡が起こって、何年も雪が降っていなかった場所に2日間雪が降って、谷中が雪で覆われたんです。自然は冷酷な時もあるけれど、映画作家に親切な時もある。もちろん予算もあまりなく、時間もない中で、たくさんの苦労がありましたが、それだけ多くの報いもあった作品です」。
芳醇な香りと深い味わいで人々を魅了する熟成されたワイン。隠し味となるのは、その味を生み出す人間たちの愛や苦しみ、葛藤のドラマだ。ニキ・カーロ監督がワイン造りのように愛情を込めた本作の味わいを、是非とも劇場で楽しんでもらいたい。【取材・文/鈴木菜保美】