吉田羊、“虐待する母”役を引き受けた最大の理由は「太賀さんの存在」
実力派俳優の太賀と吉田羊が、映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』(公開中)で親子役として共演を果たした。拒絶されても、大好きな母に思い焦がれる息子。そんな息子をののしり、手を上げてしてしまう母…。なんともつらい関係性の親子を演じた2人に「大変なシーンの連続」と壮絶なものとなった撮影期間について振り返ってもらうと、「同じ温度で役に向き合えた」とうなずき合うなど、お互いへの信頼感もたっぷり。“虐待する母”という難役に身を投じた吉田は「オファーを受けた大きな理由の一つが、太賀さんの存在だった」と打ち明けた。
自身の過酷な道のりをつづった歌川たいじのコミックエッセイを原作に、御法川修監督が映画化した本作。母に心身ともに傷つけられた経験を持ち、つくり笑いを浮かべながら、本心を隠して生きてきた青年・タイジに扮したのが、太賀。その母・光子役を吉田が演じている。
太賀と吉田羊、お互いに待望のタッグだった!
太賀は「同じドラマに出ていることはあっても、なかなか接点がなくて。ものすごく共演したいのに、焦らされている感じがあったんです。今回ご一緒できると聞いて本当に楽しみにしていました」と吉田とのタッグは待望のものだったそうだが、「大変なシーンの連続でしたし、お互いにコミュニケーションを取らないように意識していたところもあった。その緊張感が心地よくもありました」と複雑な親子を演じるとあって、現場でも特別な距離感を保っていたという。
「羊さんが子どもを愛せない役を演じるのは、見たことがなかった。そういった一面を見て、羊さんの底知れなさや魅力を改めて感じました」と太賀が驚くように、吉田が“虐待母”という難しい役どころを演じている。引き受けるにも覚悟を要するような役だが、吉田は「太賀さんのいちファンでしたので、いつかがっつりとお芝居をしたいと思っていました。太賀さんと親子役で共演できるということが、今回のオファーを引き受ける大きな理由のひとつでした」と告白。「それと同時に、歌川さんのつづる言葉の力に胸を打たれて、この方のお母さん役を演じてみたいと思いました」と原作にも大きく心を揺さぶられたと語る。
暴力シーンは「お母さんの自傷行為にも見えた(太賀)」
光子のタイジへの拒絶や暴力、暴言など、壮絶なシーンが続く。「撮影時は演技プランについても、あえて話し合いはしませんでした」という2人。吉田曰く「殺伐としていましたね。周りの方々も本当に仲が悪いと思っていたんじゃないかな」とニッコリ。太賀は「やっと、こうやって羊さんとたくさんお話することができて、すごくうれしいんですよ!」と声を弾ませる。
とりわけ、光子がタイジに激しいビンタを浴びせるシーンは観客にとっても胸の痛むシーンだが、「とてもしんどかったですね」と太賀。「タイジに暴力を振るっているんだけれど、それがお母さんの自傷行為にも見える。主観で観ても、俯瞰で観ても、とてもせつないシーンでした。なんでこんなに2人はうまくいかないんだろうと、憤りややるせなさを感じました」。
一方の吉田は「太賀さんは『本気で来てください』と言ってくださった」と太賀に感謝。「私は、タイジからどこか“見透かされているような視線”を感じていました。太賀さんの感受性の豊かさ、まっすぐさもタイジとリンクしましたし、光子としてはタイジの目を見ることがどうしてもできなかった」と言うと、太賀は「見透かそうというつもりは、まったくなくて。むしろ“お母さんのことを知りたい”という想いが、お母さんにはそう見えてしまっていたのかもしれない」と親子の感情のすれ違いについて話す。
「観客に好かれようという概念は捨てた(吉田)」本作が映しだすものとは
タイジと光子の親子を通して、どんなことを感じだろうか?太賀は「タイジは自分のなかにお母さんを見つける部分もあって。似た者同士のところもあるのかなと思います。100人いれば100通りの親子の形があると思いますし、それでも“子が母を想う気持ち”というのは普遍的なものだと思いました」。さらには「うちの母はとても親バカな人で、僕はたくさん愛情を受けてきたと実感していて。僕の根幹にある人間性を形成してくれたのは、母。母は僕にとって、絶対的な存在です」と自身にとっての母への愛を語る。
吉田は「歌川さんからお母さんのエピソードをお伺いして。でも聞けば聞くほど、虐待する気持ちを理解できなかった。途方に暮れてしまった」と悩んだことを吐露。「そんな時、監督が『デコボコで不完全なものとして、演じてください』とおっしゃってくださって。『光子も、母親とはどういうものなのかわからなかった』と思うと、私の『わからない』という気持ちも役にリンクしていくのかもしれないと思った」そう。そして吉田が「大事にしたいのが…」と力を込めて語ったのが、「絶対に虐待を肯定してはいけない」ということだ。
「未熟なまま母親になってしまった焦りなどは、皆さん少なからずあると思うんです。ただそれは虐待の理由にはならない。私は今回、観客に好かれようという概念は一切捨てました。彼女の未熟さをきちんと演じきることで、タイジの母への想いが深く伝わるのではと思いました。こういった母親がいたんだという事実。その母親でさえも、子は愛しているんだということが伝わればいいと感じています」とまっすぐな瞳を見せる。
生きるうえでのモットーは?
傷つけられながらも、腐らず、諦めずに母親と向き合おうとするタイジ。“前を向くことで、人生は変わっていくものだ”と思わせてくれるが、最後に2人にとっての“前進するうえでのモットー”を教えてもらった。太賀は「本作の撮影期間は『どうしたら一つ一つのシーンを乗り越えられるんだろう』と必死でした。もがく瞬間もありましたが、この物語の持つ“諦めない力”に引っ張ってもらった気がしています。そういう意味では、歌川さんの“諦めない”というモットーに力をもらいました。タイジには、自分にない引き出しがたくさんあって、たくさんの感情をもらった気がしています」としみじみ。
吉田は「視点を変えること」を大切にしているという。「それは、母が教えてくれたことなんです。私は中学生の時にいじめられていた時期があるんですが、学校から帰って『こんなことを言われた』と落ち込んでいる私に、母が『それはつらかったね。でも、その子はあなたになにかを教えてくれているのかもしれない。どういう意味だったの?と思い切って聞いてごらん』と。ネガティブな出来事も、考え方一つで捉え方が変えられるものだと、母から教えてもらいました」。「あとはなにか言われても真に受けないこと。嫌味を言われたとしても、気づかないですから!」と笑顔で話していた。
取材・文/成田 おり枝