「DV被害者の声が忘れ去られている」ヴェネチア受賞の監督が語る、『ジュリアン』に込めた想い
第86回アカデミー賞短編映画賞(実写)にノミネートされた『すべてを失う前に』(12)を手掛けたグザヴィエ・ルグラン監督が、同作と同じ“ドメスティック・バイオレンス”というテーマを長編映画として描き出し、第74回ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞(監督賞)に輝いた『ジュリアン』(公開中)。昨年暮れに来日を果たしたルグラン監督が、本作に込めた切なる想いを語ってくれた。
幼い息子ジュリアンの単独親権を求める妻ミリアムと、共同親権を求める夫アントワーヌの離婚調停の場面から幕を開ける本作。後日ミリアムに届けられた裁判所からの通知は共同親権の決定。ジュリアンと大学生の娘ジョゼフィーヌと3人での生活を始めたものの、ジュリアンは週末をアントワーヌと過ごさなくてはいけない。ジュリアンはミリアムたちに執着し居場所を聞き出そうとするアントワーヌから必死で母を守ろうと口をつぐみ、次第にアントワーヌは苛立ちを募らせていく。
「もともとは3部作として考えていた」と明かすルグラン監督。『すべてを失う前に』ではミリアムが、暴力を振るうアントワーヌから子どもたちを連れて逃げ出す様子が描き出されている。「第2部でアントワーヌの視点を描き、第3部でジュリアンの視点を描くつもりでした。けれどそれを考えていた時に、ひとつの長編にまとめた方がいいと感じたのです」と、本作が生まれた経緯を語る。
また、当初の計画から変更となった部分がもう1つある。同じ俳優を使って3つの時期を描こうとしていたが、短編から本作まで4年の歳月がかかってしまったため「短編でジュリアンを演じたミリヤン・シャトランが成長して、変更せざるを得なくなった」という。そこで選ばれたのは、本作で長編映画デビューを飾ったトーマス・ジオリア。「ジュリアンという役は非常に難しい。けれどトーマスには役者としてのセンスがあって、感性が非常に豊か。そして何より、顔だけで様々な感情を表現することができるんです」と手放しに若き才能を絶賛。
そもそも何故ドメスティック・バイオレンスという題材を映画で描こうと思ったのか、その理由を訊ねてみるとルグラン監督は神妙な面持ちで「フランスでも世界中でも、DVの被害者の声が忘れ去られている現状がある」と危惧する。「リサーチを重ねていくなかで、被害者はトラウマに長い間苦しめられている。この映画を通して、子どもたちがトラウマとどう向き合いながら成長していくのか、その解決策を見出せればと思っています」と語る。
そして、その“解決策”についても「やるべきことはたくさんある」と力を込めて語る。「まず言えることは、夫婦間係争の判決に子どもたちの利益を反映させること。そして社会は、子どもや女性をどのように守っていくべきか考えなければならない。少なくとも母親を守らなければ、子どもたちが被害者になって前線に立たされる。子どもは夫婦間の争いの最大の被害者になるのだということを忘れてはいけないのです」。
そのような問題提起の意を込めて「わざと曖昧な終わり方にしています」とラストの描写について言及。「劇的な終わり方をすると、テーマからそれてしまう危険があると感じた。社会派ドラマとしての側面から遠ざからないためにも、希望と絶望、両方に捉えることができる結末にしています」と明かす。そして「映画監督は社会において重要なテーマを感性で伝えていく仕事。観客のみなさんには映画を観ることで、様々なことを感じてもらいたい」と結んだ。
取材・文/久保田 和馬