イスラエル人監督ナダブ・ラピドの『Synonymes』が金熊賞を受賞!第69回ベルリン映画祭受賞結果まとめ
第69回ベルリン国際映画祭の受賞者が発表となった。
最高賞である金熊賞に輝いたのは、イスラエルとフランス、ドイツ合作による『Synonyms』だ。パリに帰化しようとするイスラエル人の主人公の日常を追いながら、新しい土地に根をおろすことの難しさをテーマにしている。フランス事情、イスラエル事情の狭間に立つ主人公の立場を、皮肉を込めて描きつつドキュメンタリー風のカメラ・ワークによるリアルな映像が見ごたえあり。イスラエル人監督のナダブ・ラピドは14年の『The Kindergarten Teacher』で注目を集め、本作はそれに続く新作である。
次点で銀熊賞、審査員グランプリに選ばれたのはフランスのフランソワ・オゾン監督の『By The Grace of God』。今年はコンペ作の多くが新人や無名監督作品だったので、これは有名ベテラン監督組の1本であった。ゲイを公言するオゾン監督は、女性主人公を使ってアーティスティックで独自の世界観を展開する内容で知られるが、本作はここ数年フランスを騒がせたカトリック教会における性的虐待事件を映画化。実話に基づいた映画という点で、オゾン監督にとってこれは新ジャンルと言える。
フランス第2の都市であるリヨンの牧師バルナー・プリナーは、長年にわたり少年に性的虐待を行ってきた。そして数年前、40代へと成長した数人の被害者が一人ひとり名乗りを上げ、最終的には連帯してカトリック教会を相手として、牧師告発に立ち上がった。映画は異なる町に住む、出身も職業も人柄も違う3人の被害者の物語をひとつひとつ語り、それが一つの連帯した運動へと進化していく状況を追う。繊細な女性の心理を過去作で何度も描いてきたオゾン監督の脚本は、被害者へ寄り添いつつ、同時に母や妻など家族が感じた感情を表現することも忘れていない。また教会が見て見ぬふりで事実を無視、もみ消そうとするシステムも暴露する。多くの側面を踏まえつつ速いテンポで、ともすれば意気消沈するような社会問題を、エンタテイニングな映画に仕上げている。
ジャーナリストのようにリサーチし、被害者やその家族にも会ったというオゾン監督は「一昨年大ヒットしたアメリカ映画『スポットライト』に勇気づけられたし、これはそのフランス版だよ」と笑いながら語った。この事件は未解決で、近いうちにフランスでプリナー牧師の監督役であるフィリップ・バーバラン枢機卿がプリナー牧師を告発しなかったという罪で裁判に問われることになる。恋愛やミステリー・ドラマなどで知られるオゾン監督が、ここで社会派映画つくりの手腕を証明してくれた1本だ。
同じく銀熊賞、アルフレッド・バウアー賞に輝いたのはドイツの女性監督ノラ・フィングシャイト監督の『System Crasher』だ。35歳の若手監督で、これまで短編とドキュメンタリーを手掛け、本作が長編デビュー作となる。非常に重い多動性障害のある小学生の少女ベニー。切れると叫んで暴力へと走る彼女の症状に、親も学校も対応できず施設に入れられたが、そこで問題を起こし続ける彼女は、“社会福祉制度を破壊する”モンスターなのだ。そんな彼女に助けの手を差し伸べるソーシャル・ワーカーがある日出現する。ドイツの児童福祉や社会福祉の制度を自国のそれと比べながら見ることができる点も興味深いが、ベニーと大人の関係の描写は思いやりにあふれる。
また銀熊賞の監督賞に輝いたのも、これまたドイツの女性監督アンゲラ・シャーネルの『I was at home, but…』だ。俳優出身でドイツの前衛映画界で活躍してきたベテラン監督であり、本作は夫が他界したシングルマザーと子供たちの関係、自らの人生の葛藤というテーマを、構成や色彩にこだわる静物画のような映像やシェイクスピア劇の挿入などというコラージュ的な手法でまとめ上げた実験的作品となった。上映会では途中で退場する人が続出したが、斬新的な手法を絶賛する声もあり、賛否両論を巻き起こした。タイトルは小津安二郎を彷彿させると指摘する人もいるが、いかに?
そして女優賞、男優賞には中国の一人っ子政策時代に一人息子を溺死で失った夫婦の人生を追う中国映画ワン・シャオシュアイ『さらば、息子よ』のヨン・メイとワン・ジンチェンが選ばれた。
取材・文/高野裕子