『麻雀放浪記2020』の白石和彌監督が語る、コンプライアンス問題と師匠・若松孝二
エンタメ業界に激震が走ったピエール瀧容疑者の逮捕劇で、暗雲が立ち込めていた斎藤工主演映画『麻雀放浪記2020』が、無事4月5日(金)にノーカットのまま公開される。本作のメガホンをとったのは、2018年の映画賞を総なめにした『孤狼の血』(18)をはじめ、アウトローたちの気骨な生き様を力強く活写してきた白石和彌監督。揺るぎないビジョンと確かな演出力でスタッフやキャストからの信頼も厚い白石監督が、本作で描きたかったものとは?
主人公のギャンブラー、坊や哲(斎藤工)は、第二次世界大戦後の1945 年から、第三次世界大戦後の2020年へ、時空を超えてやってくる。和田誠監督作『麻雀放浪記』(84)で知られる阿佐田哲也の同名小説が原案の本作だが、“東京オリンピックが中止となった2020年”を描くという大胆な内容で、制作発表当初から世間をざわつかせてきた。
最初は監督を断るつもりだった!?
白石監督は斎藤と共に、企画から参加していたという。「最初は、和田誠版が傑作すぎるから、新たに作る必要はないとも思いました。でも、原作は一部しか読んでいなかったので、きちんとシリーズ全作を一気読みしてから断ろうと思いました」と茶目っ気たっぷりに語る。
「でも、そこからブレストに参加していくなかで『哲がタイムスリップしてくるって話はどう?』と言われまして。哲が近未来へ行けば、必ず軋轢が生まれるから、そこはちょっとおもしろいとなったんです。東京オリンピックが中止になるとか、戦争が起こるとか、そういった内容は通常嫌がられるんですが、プロデューサー陣が率先して『やろう』と言ってくれました。そこまでぶっ飛んだ内容なら、怒る人だけでなく笑ってくれる人もいるのではないかと思い、日本では作りづらいブラックコメディを敢えて作ろうと思ったんです」。
本作の見どころの1つは“タイムスリップあるある”だ。「1945年ではみんな手積み麻雀だったから、達人は麻雀牌を揃える時にいかさまができるんです。でも、現代は全自動の麻雀卓だからそれができない。また、昔の博打打ちは生活がかかっているから、安い手で上がってもしょうがないので、ある程度、大きい手が揃うまで待つんです。でも、現代の麻雀は頭脳スポーツとなっていて、大きい手で上がるよりも、1000~2000点で早く上がったほうが有利という確率論のゲームになっている。哲はすごく真面目に麻雀をやっているけど、ちょっと離れて見てみると、そこがなんとも滑稽なんです」。
コンプライアンス問題にどう臨んできたか
『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』(07)など、反体制的な映画を果敢に手掛けてきた故・若松孝二監督率いる若松プロ出身の白石監督。昨年はその師に捧げるべく、若松組の血気盛んな青春期を描いた『止められるか、俺たちを』(18)が公開された。白石監督自身も『凶悪』(13)や『日本で一番悪い奴ら』(16)、『孤狼の血』などで、常に映画におけるコンプライアンス問題に風穴を空けてきた印象を受けるが「いや、僕はただ、おもしろいエンタテインメント作品を作りたいだけですよ。常にプロデューサー陣の顔色をうかがいながら、ギリギリのラインを探っていく感じです。あれ?探ってないように見えます?」と苦笑いする。
「確かに、師匠の恩恵を受けている可能性はありますね。『白石は若松プロ出身だから、ある程度、やることはやる人だ』みたいに思われているのかもしれない。でも、僕は自分のことをバランサーだと思っているし、仮にCMを撮ったとしても、スポンサーを気持ちよく喜ばせる自信はあります。でも、CMの仕事は一切来ないですね(笑)。映画について言えば、俳優さんやスタッフに、自分がやりたいことをやんわり伝えるというか、一方通行ではなくて、共犯関係にする感じでしょうか?」。
師匠・若松孝二監督から受け継いだもの
若松組からいろいろなものを吸収したなかで、白石監督自身も意識してやっていることがあるそうだ。「若松さんを横から見ていてすごいと思ったのは、俳優さんに『この作品はあなたのキャリアにおいて、必ずエポックメイキングな作品になる。今後の役者人生を決める1作になる』ということを伝え、奮起させていることです。たとえば『キャタピラー CATERPILLAR』の寺島しのぶさんも多くは語らないけど、そういうことだったのではないかと。スタッフもそうですが『これはたぶん、俺の代表作になる』と思ってもらったほうが、頑張ってくれますし」。実際に、『キャタピラー CATERPILLAR』(10)は第60回ベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品され、寺島は最優秀女優賞に輝いている。
白石監督も毎回キャスト陣からベストワークを引き出してきた。『彼女がその名を知らない鳥たち』(17)では蒼井優が第41回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を、『孤狼の血』では役所広司と松坂桃李が第42日本アカデミー賞最優秀主演男優賞と助演男優賞を揃って受賞したことも記憶に新しい。『麻雀放浪記2020』では、斎藤工という頼もしい俳優を主軸に起きつつ、ベッキーや、姉妹音楽ユニット、チャラン・ポ・ランタンのボーカル・もも、岡崎体育など、キャスティングの妙といえるユニークな顔ぶれがどんな化学反応が起こしてくれたのか、大いに気になるところだ。
先日の完成披露イベントで、白石監督は「楽しい映画を観てもらいたいという一念で作った映画です。こうやって公開できることをうれしく思っていますし、旧作の『麻雀放浪記』が大好きな人には多少叱られたりもするかもしれませんけど、その魂だけはちゃんと受け継いで作ったつもりです」と胸を張った。
マスコミ試写は一切行わないという方針の本作だけに、いまだ全貌はつかめていないが、白石監督ならではの振り切ったブラックコメディに仕上がったことだろう。そして、一映画ライターとして、本作が無事に日の目を見られたことを心からうれしく思う。
取材・文/山崎 伸子