出演した作品で泣いたのは初めてかも?堤真一が明かす『泣くな赤鬼』の撮影秘話
直木賞受賞作「ビタミンF」や「流星ワゴン」などで知られる、重松清の短編集『せんせい。』所収の同名小説を映画化した『泣くな赤鬼』(6月14日公開)。本作で“赤鬼先生”こと主人公の教師、小渕隆に扮したのは12年のドラマ「とんび」以来の重松作品への出演となる堤真一だが、インタビューをしてみると開口一番に飛び出したのは「自分が出演した映画を観て泣いたのは、もしかしたら初めてかもしれないと」という思いかげない言葉だった。いったい主演俳優の心までも揺さぶった『泣くな赤鬼』とはどんな映画なのか?堤を直撃して撮影現場や共演者、監督の印象などを振り返ってもらった。
本作は、その熱血指導からかつては“赤鬼”と恐れられる高校の野球部の監督だった小渕(堤真一)が、野球の才能がありながらも退部し、高校も中退した当時の教え子“ゴルゴ”こと斎藤(柳楽優弥)と10年ぶりに再会するところから始まる。ところが、ゴルゴが末期のガンで余命わずかであることが判明。ゴルゴの妻、雪乃(川栄李奈)からその報せを受けた小渕は、改めて彼と向き合うことになるのだが…。
そんなドラマチックな展開を見せる本作で“赤鬼先生”を演じた堤の冒頭の言葉には続きがあって、「泣いたのは映画の感動なのか、自分がやった仕事の達成感によるものなのかちょっと分からないけれど、監督がすばらしい人で、人間の距離感をちゃんと描いてくれていたんですよね」と強調する。メガホンをとったのは、『キセキ−あの日のソビト−』(17)で脚光を浴びた兼重淳監督だ。「あんなに優しい監督は初めてでした(笑)。若い俳優たちが野球を一生懸命できる環境を作ってあげたり、NGを出しても『すみません』って謝るのはなしということを徹底させたり、自分が考えた芝居を思いっきり、のびのびとやらせてくれる方でしたから。僕の場合もゴルゴやほかの生徒たちとの距離感のなかから自然に出てくるものを撮っていただいたので、ありがたかったです」。
ゴルゴを演じた柳楽優弥との共演も刺激的だったようで、「柳楽くんは普段は気さくで楽しい青年ですけど、芝居のスイッチが入ると一変するんです。自分の20代、30代の時なんてあたふたしていた記憶しかないけれど、彼は役にスッと入っていくんですよね」とうれしそうに振り返る。さらに、ゴルゴの妻、雪乃に扮した川栄についても「普通は悲劇のヒロインを演じがちなんですけど、彼女は現実を受けとめ、病気の彼に寄り添いながら前に進む選択をした奥さんの強さを体現していたので、すばらしいなと思いました」と賞賛の言葉を口にした。
劇中には「努力は報われるなんて嘘だ!」と言って退部届けを出すゴルゴに赤鬼先生が「そんなことは、やってから言え!」と言う回想シーンが登場するが、「僕も『一生懸命やれ!』とか『夢を諦めるな!』『努力は報われる』という言葉はあまり好きじゃないですね」と自身の考えを教えてくれた堤。「大人は子どもたちに『諦めるな、頑張れよ!』ってよく言うけれど、甲子園に行けるのはごく一部の球児だけだし、大半の人が夢が破れた人生を歩んでいくわけじゃないですか。そういう意味では、とても無責任な言葉です。学生時代に努力して、例えば20年後、まったく違うことで芽が出た時には当時言われたことがとてもいい言葉として蘇るかもしれないけれど、使い方はすごく難しい。大人は、その局面だけで言葉を発するのではなく、子どもたちの将来をもっと見据えたスタンスで彼らと接する必要があるんじゃないでしょうか」。
そう力強く訴えた堤の演じた赤鬼先生が、ゴルゴと真摯に向き合い、心を通わせるクライマックスでは果たして涙を流すのだろうか?映画館の暗闇の中で、赤鬼先生の最後の顔を自分の目で見届けて欲しい。
取材・文/イソガイマサト