石井裕也監督が『町田くんの世界』主演の細田佳央太に見た“新人最大の武器”とは?
爽快かつ新しい、そして観たあと、言い知れぬ優しさに包まれる。『舟を編む』(13)や『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』(17)の石井裕也監督作『町田くんの世界』(6月7日公開)は、令和という新時代への希望を込めた“ボーイ・ミーツ・ガール”の物語だ。本作で主演を務めたまっさらなシンデレラボーイ細田佳央太と石井監督に単独インタビュー。
細田が演じたのは、生真面目だけど勉強も運動も苦手で、見た目も普通の町田一。彼の長所は、困った人を見つけたらどんな時でも全力で助けるという心優しさだ。“人類皆家族”という、いまどき奇特な町田くんは、みんなに愛されていた。ところがある日を境に、クラスメイトである猪原奈々(関水渚)のことを意識し出し、初めて芽生えた感情に混乱していく。
原作は、安藤ゆきの同名コミックだが、漫画原作映画のセオリーを打ち破り、クライマックスは、予想だにしないところに着地する。
「初日に細田くんが倒れました。200%でやっちゃったので」(石井監督)
本作のオーディションを見事に勝ち抜き、主人公の町田くん役に大抜擢された細田は、ドラマや映画への出演経験も数本しかない無名の新人で、本作が映画初主演となった。また、ヒロインの関水渚も演技初挑戦の新人で、まさにもぎたての果実のようにフレッシュな2人が、予測不能の化学反応を起こす。
細田は「役が決まった時、監督から『手を抜くなよ』と言われたので、プレッシャーに負けている場合じゃないと思い、スイッチを入れた感じです。とにかく一生懸命にやろうと思いました」と気合十分に臨んだよう。
新人2人を迎えるにあたり、撮影前の1か月間、みっちりリハーサルを行ったという石井監督。「僕にとっても初めての経験でしたが、演出はその期間で完了した感じです。彼らには『もっと感情をこうしてほしい』といった映画的な言語が一切通用しないことがわかっていたので、テクニカルな芝居ではなく、思い切りやってもらうことにしました。でも、それこそが新人俳優の最大の武器で、結果的にこういうみずみずしい映画になりました」。
しかし、クランクインをした日には、いきなりハプニングが!石井監督が「初日に細田くんが倒れました。200%でやっちゃったので」と笑うと、細田は「はい。本当です」とバツが悪そうにうなずく。
細田は「校舎内で猪原さんを追いかけ回し、走り終わってから台詞を言うというシーンでした。ハーハー呼吸をしていたら、相手の台詞が聞こえなくなっちゃって。気づいたらカットがかかっていました。自分でも気をつけようとは思っていたのですが、夢中になりすぎちゃって。監督に支えていただきました」と苦笑い。
慌てて細田を抱きかかえたという石井監督。「でも、病院から帰ってきた細田くんは、危うげだけど、町田くん的な聖なるものを帯びていました。彼がそうなれたことを考えると、初日に倒れて正解だったのかもしれない。大丈夫かな?と思ったけど、今回は全力でやってもらうしかなかったです。僕は現場で、演出したというよりは応援をした感じです」。
「僕は生まれて初めてお芝居が楽しいと思えました」(細田)
まさに、全力投球の町田くんを地でいく細田だが、それでも度が過ぎていい人すぎる町田くんの役作りには試行錯誤したとか。「町田くんについて悩んでいる時間も、自分にとっては楽しく感じられたので、わからないなりにやっていきました」。
石井監督も、町田くんについて「とらえどころのないすごく難しいキャラクター」だと言う。「それを理屈の構築でアプローチしていくと、大変なことになる。だからオーディションで、なにもわからないピュアな細田少年を見つけた時、彼だ!と思いました。恋も知らず、どこか神聖で、全人類を愛するという町田くん役だから、テクニカルに演じられても嘘になってしまう。細田くんはただがむしゃらに頑張ってやってくれたし、この映画の勝因はそこだと思います」。
主演がまったくの新人のため、本作では岩田剛典、高畑充希、前田敦子、太賀、池松壮亮、戸田恵梨香、佐藤浩市、北村有起哉、松嶋菜々子という豪華キャストが脇を固めた。しかし、共演する細田のプレッシャーは、計り知れない。細田は「プロデューサーさんから、ほかのキャストが発表された時点で、どうしようと思いましたが、負けている場合じゃないと思い、どんどん食らいついていきました」と実に頼もしい。
なかでも細田が印象に残っているのは、池松壮亮演じる吉高洋平と対峙するシーンだ。平成という時代に鬱屈とした想いを抱える吉高は、町田くんと出会い、心を揺さぶられる。
「吉高と本音をぶつけ合うシーンでは、お互いに混乱状態でしたが、僕は生まれて初めてお芝居が楽しいと思えました。演じている時、謎の高揚感があり、にやけが止まらなくなって。そういう経験はなかなかできるものじゃないと思いました。とにかく楽しかったです」。
石井監督も「よく覚えています。僕も一番好きなシーンの一つです」と手応えを感じていた。「あのシーンに向けて、僕も細田くんと池松くんに『ここが勝負だから』と焚き付けていたんですが、細田くんはほとんどトランス状態でした。いわゆる“ゾーンに入る”という状況です」。
その後、石井監督がカットをかけたが、細田はまだ粘ろうとした。「細田くんが僕のところへ来て『勝てません』と言ったんですが、すでににやけていて、異次元のところに行っちゃってました。『なぜ勝とうとするの?』と聞いたら、ただ『勝ちたいです』と言ったので、池松くんに『青二才が勝ちたいと言っている』と伝えたんです。そしたら、池松くんも『次でやっつけてやりますよ』と言っていました(笑)。たぶん池松くんも、なんのテクニックもない新人が全力で挑んできたから、怖かったと思います。池松くんもかなり高揚していたけど、それを引き出したのは細田くんで、そういう意味では、2人とも楽しんだと思います」。
「僕は35年生きていて、何回か生きていて良かったと思った」(石井監督)
最後に、2人から本作についてのメッセージをもらった。まずは石井監督から。
「改元だとか、オリンピックが来るとか賑わっていますが、やっぱり世界や時代を変えるのは個人個人の意思だと思います。こういうふうにしなきゃいけないという同調圧力もあって、生きづらくなっている気分をたぶん皆さんが感じている。でも、自分の人生だから、好きなように生きていけばいいんじゃないかなと僕は思います。ひどい世の中だと嘆くことは簡単ですが、考え方ひとつで世界の見え方も変わる。僕は35歳ですが、何回か生きていて良かったと思ったし、生きる喜びみたいなものを感じてきました。それを言うのは恥ずかしいけど、隠すのも卑怯だとも思ったし。だからいま言えました」。
それを受け「それは、監督ご自身が親になられて、心境の変化があったからではないですか?」と斬り込んでみると、「それはあるでしょうね」と答えてくれた。
「でも、それって、わかりやすすぎてダサいじゃないですか」と思いのほか、ストレートに照れる石井監督。「それはもちろんあると思います。いや、100%あります。でもわかりやすすぎて恥ずかしいから、もっと頭良さげに見せようかと…」というのは、石井監督らしい照れ隠しだ。
そして、石井監督の想いを、主演の細田がしっかりと受け止めていたことは、彼の言葉からもうかがえた。「完成した映画を観て、時代に関係なく、こういうメッセージを持った作品は必要だなと思いました。高校生って、やっぱり格好をつけたがるんです。なにかを必死でやることは、ダサいとか見られがちだし。でも、本当はそうじゃなくて、一生懸命にやることは、とてもすてきだと思います」。
取材・文/山崎 伸子