“俳優・香取慎吾”の正体とは?白石和彌監督が受けた衝撃「トップアイドルでトップ俳優」
香取慎吾が、邦画界でいま最もおもしろい監督の一人、白石和彌の最新作『凪待ち』(公開中)で俳優として新境地を切り開いた。香取が演じたのは、どうしようもないろくでなしの“汚れた男”。泣き、叫び、殴られ、のたうち回りながら小さな光を見つけようとする様を体現し、圧巻の演技で観客を魅了する。自らを「アイドル」と公言する香取だが、俳優業への興味を聞いてみると「演じることは得意じゃない。でもとにかく、求められるとうれしいから」とふわりと微笑む。一方、香取の芝居に「衝撃を受けた」という白石監督は、「どんどんやったほうがいい。日本のトップアイドルであり、トップの役者。こんなに役者の才能があるのに、やらなかったらもったいない!」と語るなど、ゾッコンだ。一体、白石監督が目にした“役者・香取慎吾”の姿とはどんなものなのか?厚い信頼関係を築いた香取と白石監督を直撃した。
本作は『孤狼の血』(18)、『麻雀放浪記2020』(19)など次々と話題作を手掛ける白石監督と香取が初のタッグで挑むヒューマン・サスペンス。宮城県石巻市を舞台に、ギャンブル依存症の男、郁男(香取)が、恋人を殺された挙句、次々と襲い掛かる絶望的な状況から自暴自棄に陥っていく姿を描く。
「新たなスタートを切って、初めての一人での映画。変な緊張やプレッシャーがあった」(香取)
白石監督からのオファーを受け、香取は「これは、(新境地になって初の単独主演映画出演が)いい始まり方をするんじゃないか」という予感に包まれたという。「綾野剛さんが映画の宣伝で番組に来てくださった時に、『日本で一番悪い奴ら』を観て。そして今回、白石監督とご一緒できると聞いて『凶悪』を観て『ヤバイ監督だな』と思って。さらに初めてお会いする日に『孤狼の血』を観て、どんな怖い監督なのかと思った」と白石監督と顔を見合わせて大笑い。
「でも会った瞬間に、『いつの日か香取さんとご一緒したかった』と言ってくださって、その気持ちもほぐれました。観させていただいた白石監督の映画はすべて、これまでの僕にはない部分を描いたものばかりでした。それを作った監督が僕とやりたいと言ってくれるなんて、ものすごくいい化学反応、いい始まり方をするんじゃないかと思えたんです」とワクワクしたという。
17年9月に稲垣吾郎、草なぎ剛と共に「新しい地図」を立ち上げ、再スタートを切った香取だが、本作は新しい環境になって、初めて単独主演を務めた作品となる。白石監督からのオファーに喜びながらも、気負いもあったそうで、香取は「初めは『新たな道を歩み始めて、一人での初めての映画だ。大丈夫かな』なんて、変なプレッシャーや緊張を感じてしまって。『映画というものは監督のものだ』と思っていたはずなのに、おかしいですよね。いままでの僕とはちょっと、違ってしまっていた」と告白。「でも撮影が始まって、白石監督の映画への愛を感じたり、完成作を観ても“自分の映画”ではなくて、“白石監督の映画”としてすばらしい映画になっていると思った。参加できてよかった、白石監督というステキな監督と出会えたと思えた」と作品の素材の一つとなれたことに、感激の想いを語る。
「香取さん主演だからこそ、震災に向き合える覚悟ができた」(白石監督)
白石監督が香取に手渡したのは、これまでの彼のイメージとはまったく違う“汚れた男”。共同脚本にも参加した白石監督はなぜ、この郁男という役を香取に任せたのだろうか。「僕は“落ちていく人”を描くことが多いんですが、そこから這い上がる人の話もやりたいなという想いがあった」と抱いていた構想があったそうで、「香取さんと仕事ができるとなった時、直感的に香取さんにはそういった役が似合うなと思った。ものすごくいい化学反応が起こると思ったんです」と香取の新たな一面を見たいと思ったという。
石巻を舞台とし、震災がストーリーのバックボーンにもなっている。白石監督は、香取が主演に決まってから、震災と向き合う覚悟もできたと明かす。「僕は『社会派だ』と言われながら、まだ東日本大震災に向き合えていなかった。また震災直後には、いろいろな人がドキュメンタリーを撮りに行ったりしていたけれど、時間が経ってみると、もう誰も撮っていなかったりもする。僕も多少の寄付やボランティアなどは経験しましたが、やっぱり香取さんが過去に震災支援活動で見せてくれた風景は大きくて。現地の人について、知ることも多かったんです。香取さんに主演をやっていただけるなら、このタイミングで僕も震災に向き合える。そういった覚悟を、後押ししてくれました」。
香取は、震災についてじっくりとこう語る。「最初は、被災地での物語をエンタテインメントにして大丈夫かなと思った部分もあった。でも実際に石巻で撮影をしていたら、僕が会った街の皆さんは、映画としていまの街が残ることを喜んでくださる方がたくさんいて」とロケ地の石巻で温かな歓迎を受けたという。「被災地について、誰もが忘れてはいけないと思いながらも、ニュースで見る時間などはどんどん減ってきている。そういったなかで、僕はこの映画によってまた、改めて東日本大震災の話をする時間を持つことができているので、ものすごくいいことだなと思っています」。
「監督に『これできません』と言ったことは、いままで一度もない」(香取)
スクリーンに現れる、香取=郁男の姿はゾクゾクとするような色気、せつなさ、迫力に満ちている。新境地となる役どころについて香取は「逃げる人」と分析する。「僕がいままでやってきたのは、思い切り走りだして、『それは違うんじゃないか』と正義をぶつけるような役。でも郁男は『それは違うんじゃないか』と思った瞬間、そういう会話になりそうになった瞬間にはもう、誰かの後ろに隠れるような人。『自分のなかの正義感が生まれそう』と思うだいぶ前から、誰かの背中に隠れますからね。本当にダメなヤツです(笑)」。
一体どんな役作りをしたのか気になるが、「役作りというのはよくわからなくて」という香取。白石監督によると「どんなシーンかを説明すると、一瞬で理解する」そうで、香取の芝居を見て「衝撃の連続だった」と興奮気味に明かす。「もちろんスーパーアイドルというイメージがあったんですが、香取さんにはアーティストの側面もあって。エンタテイナーであると同時に、作り手にちょっと近い人なんだろうという印象があった。実際に撮影が始まってみたら、衝撃ですよ。カメラと、被写体である自分の関係性を、僕がいままで仕事をしたどの方よりもわかっていると思った。例えば、『このシーンとこのシーンを入れ替えたほうがいいな』となった時、香取さんは瞬時に『わかりました』『じゃあ、こうしましょう』と対応してくれるんです」。
さらに「台本には1行くらいしか書いてないことでも、いっぱい撮りたくなっちゃう。香取さんは『これはできません』とか『なんでこうなるんですか』とか、絶対に言わない。必ず『わかりました』と言って、僕がお願いしたことを、超おもしろくして返してくれる。だんだん僕も気持ちがよくなってきちゃって、『台本にはここで“殴られる”って書いてないけど、ここも殴られたほうがいいかな』と言ったりして。香取さんはもちろん『わかりました』って(笑)」とシビれるような才能を見せつけられたという。
香取は「監督が言ったことは全部やりますよ。だって監督ですから」とニッコリ。「120パーセントの力でやるし、僕は監督に『これはできません』と言ったことは、いままで一度もないですね。あと時間も気にならないです。撮影中って、いまは“なにかを待っている時間”というのがよくあるんですが、いつまででも待てる。だって文句を言ったって、撮り終わらなければ、作品が出来上がりませんからね!」とプロ根性の塊だ。
白石監督は「香取さんは、すべてにおいてインスパイアを与えてくれた。『香取さんはすごい!すごい!』って言いまくっていたら、リリー(・フランキー)さんが、『なに言ってんの。大河ドラマで主役をやった人だよ。当たり前でしょ』って」とリリーの言葉を振り返りながら、「トップアイドルであると同時に、改めて日本のトップ俳優だったんだと思いました」と香取の存在感の大きさを噛みしめる。
「香取さんは、俳優業をどんどんやらないともったいない!」(白石監督)
白石監督の香取への評価が決して嘘でもお世辞でもないことは、そのトークの熱量からも明らかで、役者として力強く新たな扉を開いた香取だが、当の本人はと言えば「演じることは得意じゃない」となんとも控えめな言葉を口にする。役者業への興味について聞いてみると「とにかく、求められるとうれしいから」とのこと。「自分から“俳優をやりたい”というよりは、求めてもらえてうれしいからやる、といった感じなのかな。『一緒になにかやりたい』と言ってもらえると、すごくうれしい。ファンの方の存在もうれしいし、すべてにおいて、僕の原動力は“求められること”なんです」。
白石監督は「香取さんは俳優業をどんどんやらないと、こんなに才能があるのにもったいない!間を空けずにやるべきですよ。もし僕が香取さんの心を動かせる監督になれたのだとしたら、ファンの方々のためにも、これからどんどん僕の作品に出てもらいますよ」と猛アプローチ。香取も「今回、白石監督の映画への愛をたくさん感じた。監督の作品なら、どんな役でも出たい!」と相思相愛の想いを語り、2人で大きな笑顔。『凪待ち』を観れば、誰もがもっと香取を求めたくなるはず。“役者・香取慎吾”の覚醒を見逃すわけにはいかない。
取材・文/成田 おり枝