伊藤沙莉「この声も武器に」唯一無二の女優へ…不遇の時代に訪れた“いじめっ子役”が転機に
NHK連続テレビ小説「ひよっこ」でブレイクを果たし、出演作が途切れない女優へと成長した伊藤沙莉。ペットたちの日常をユーモラスに描いたアニメーション映画の続編『ペット2』(7月26日公開)の日本語吹替版では、「ずっと憧れだった」という声優業に初めてチャレンジしている。ハスキーな声が特徴でもあり、「かわいらしいセリフも似合わないし、この声はコンプレックスでもあったんです」と告白するが、ある時「“この声だからこそ”できることがある。武器にだってなる」と気づいたという。彼女がどんな役を演じても見る者の心をがっちりとつかんでしまうのは、その言葉通り、“伊藤沙莉だからこそ”といった唯一無二の女優力で作品に奥行きを与えているからだ。伊藤を直撃すると、「立体的なキャラクターを生みだす楽しさを教わった」と“いじめっ子”役が転機となったことを語った。
新しい家族を守るために心の弱さを乗り越えようとする犬のマックスをはじめ、マックスからお気に入りのおもちゃを預かった猫のギジェット、スーパーヒーローに憧れるウサギのスノーボールら、ユニークなキャラクターたちが勇気を振り絞って成長していく姿を描く本作。伊藤は、囚われの身になった友達のために正義感を燃やす、見た目はかわいいけれど、負けん気の強いシーズーのデイジー役を演じている。
「声のお仕事をしている方々の力ってかっこいい」
声の仕事にはずっと憧れや興味があったそうで、「アニメを観るのも好きですし、海外ドラマなども吹替版で観ることが多くて。声だけでキャラクターの感情を表現できるというのはすごいことだなと、いつも思っていました。声のお仕事をしている方々の力って、かっこいいなと思っていたんです」と尊敬の念を吐露。それだけに本作のオファーに「信じられないという気持ち。しかも大好きだった『ペット』の続編。ホントに!?という感じでした」と喜びを隠せず、「収録の前から『あまりカラオケに行かないようにしよう』と思ったり。喉、大事にしなきゃ!って」と大きな笑顔を見せる。
ハスキーな声も特徴的な伊藤。「デイジーの見た目がかわいらしいので、私で大丈夫かな」と不安もあったというが、本国版のデイジーの声を聞いたところ「その方も結構、声がしゃがれていて。ひと安心して、自分なりにやっていこう」と奮起したという。「いつも実写で演じているお芝居と同じようにやると、観ている方にはちょっと物足りなくなるのかなと思ったんです。ちょっと大きめにやると絵にハマるのかなと、家でもたくさん練習しました。デイジーは憧れの存在。強い意志を持っていて、行動派。誰かのために行動できるところが、すごくいいですよね」と大好きだと思える役柄での初挑戦に、充実感もたっぷりだ。
「かわいらしいセリフがとにかく似合わない…この声だって武器」
「声で覚えていただくことも多い」という彼女は、「かわいらしいセリフがとにかく似合わない」とコンプレックスに感じていたこともあったと告白する。「私は、恋愛ものでも『誰々さん、ステキ!』と端っこから片思いをしているような役が多いんですが、たまに両思いの役をやらせていただくこともあって。そうすると女の子らしい発言や、かわいらしいセリフがどうしても自分のなかでも浮いちゃって。ムズムズしてしまう(笑)。どんなに真剣にやっても、笑いになってしまったりもする。悩んだ時期もありました」。
しかし殺人犯の孤独を描いた「連続ドラマW 北斗 -ある殺人者の回心-」で看護師役を演じた際に、共演した先輩女優から心に響く言葉をもらい、大きな励みになったという。「『あなたのその声、武器よ』と言っていただいて。シリアスで深いドラマを描いた作品で、命や人生についての話をするセリフもあったんですが、『あなたの声には説得力がある』と。『どんなに望んでも磨いても、声というのは、その人だけに与えられたもの。あなたはすごくいいものを与えられた』と言ってくださって、ものすごくうれしかったんです。かわいらしいセリフが似合わないと思っていたけれど、それって“ないものねだり”だなと。この声は、誰かに勇気や力を与えたり、セリフに重みを持たせることだってできるのかもしれない。それだったら、すごくいいじゃないかと思えたんです。本当にありがたかったです」としみじみ。「デイジーだって、この声だからこそいただけた役。ぴったりな子が、私のところにやって来てくれた」。
「ニートかな?と思うくらい仕事がなかった時期に出会えた『GTO』は、大きな転機」
自分にだからこそ、できる役がある。そう思えた経験にもなった様子だが、「ひよっこ」で演じた米屋の米子、「獣になれない私たち」でのクセの強い女子社員など、憎まれ役のような役柄でも、彼女が演じるとどこかユーモラスで愛すべきキャラクターへと進化させてしまう、まさに唯一無二の女優へと成長した。いまやドラマや映画にと引っ張りだこの彼女は、9歳から子役として女優業をスタート。一時期は「あれ、ニートだったっけ?」と感じるほど仕事がない不遇の時代もあったという。出会いとは不思議なもので、そういった時期に“キャラクターの多面性”を発見する、大きな転機が訪れたと語る。
「19歳の時に、ドラマ『GTO』で久々にがっつりと現場に入る役をいただけて。『よーし、やるぞー!』と気合が入っていた」とニッコリ。「そこで飯塚健監督に出会いました。その後は映画でも6作くらいご一緒させていただいているんですが、『GTO』では鍛えられましたね。それまでは子役をやっていたこともあって、言われたことをきちんとやる、ということが多かったんです。でも飯塚監督は『どう思う?』『このシーンにはどんなプランを持って来た?』とこちらの意志を聞いてくる。私は『ヤバイ…なにも持っていない』と」と焦るような思いと共に、役柄について深く掘り下げた。
演じたのは、いじめっ子役。「なかなか卑劣ないじめをするんですよ。あんかけ焼そばを頭からかけたり!」と笑いながら、「でもそのくせ、コメディ担当でもあって。飯塚監督が、いじめっ子だけれど、視聴者の方に決して憎まれないような役にしてくださった。『表面だけで演じるのではない』ということを教えてくれて、『いじめっ子だって泣く日もあるよね』と人間味や立体的なキャラクターを生みだす楽しさを見出すことができたんです。壁も高かったけれど、終わった時にはものすごく達成感がありました」と感謝の気持ちがあふれだす。
「ニートだったっけ?」という時期は、「もちろんつらかった」と素直な一言。“悔しい”という気持ち、そして家族の存在が支えとなったという。インタビュー時も大きく口を開けて「アハハ!」と気持ちよく笑い、「まだまだ足りない。もっともっといろいろな役を演じたい。いまめちゃくちゃ楽しいです」と前を向く姿も魅力的。引っ張りだこなのも、大いに納得だ。
取材・文/成田 おり枝