トロント国際映画祭、観客賞に輝いた『ジョジョ・ラビット』ワールドプレミア現地レポート
アカデミー賞にもっとも影響を持つと言われる、第44回トロント国際映画祭の観客賞を制したのはタイカ・ワイティティ監督の最新作『ジョジョ・ラビット』(2020年1月公開)。現地時間9月8日(日本時間9月9日)に行われたワールドプレミアの様子をお届けする。
週末の夜とあって、会場のプリンセス・オブ・ウェールズ劇場には、いち早く話題作を鑑賞するためにたくさんの映画ファンとプレスが集まった。上映に先駆けて、映画祭のディレクターは「この作品を鑑賞したとき、私たちは感動し、大笑いし、そして衝撃を受け、また笑い、映画を観終わった後にはみんなで語り合いました。この映画は、生涯心に残り続けるような作品です。そして、多くの人たちに観てもらわなくてはいけないという使命を感じました。今夜、とてもラッキーな皆さんと一緒にこの映画をお披露目できることを嬉しく思います」と挨拶。そしてタイカ・ワイティティ監督、スカーレット・ヨハンソン、サム・ロックウェル、アルフィー・アレン、そして主役のジョジョ役を演じたローマン・グリフィン・デイビスら豪華キャストを舞台上に呼び込み、彼らも満場の観客と共に映画を鑑賞した。
第二次世界大戦下のドイツ、ヒトラーユーゲントに入隊した10歳のジョジョ(ローマン・グリフィン・デイビス)は、訓練に馴染めずに教官(サム・ロックウェル)たちから笑い者にされてしまう。そんなジョジョを励ますのは、彼の空想上の友達アドルフ・ヒトラー(タイカ・ワイティティ)と優しいママ(スカーレット・ヨハンソン)のみ。ある日、ジョジョは家の隠し部屋に暮らすユダヤ人の少女(トーマサイン・マッケンジー)を見つけてしまう。
この一風変わった物語は、ワイティティ監督の母親が勧めてくれた小説が元になっているそうだ。ワイティティ監督は「ジョジョのように、僕もシングルマザーに育てられた。もし僕にも父親がいたら…と考えたこともあったし、それはナチ政権下のドイツに生まれた少年と同じなんじゃないかと思った。だからその2つの要素を一つの映画で描こうと思った」と語り、スカーレットは、「人生って一度にいろいろなことが起きて、ほろ苦いものでしょう?監督とは、彼女は生きる喜びに満ちた女性で、ジョジョにとって、辛い現実を忘れさせる道化師のような存在だったのではという話をしたの。すでにとてもたくさんの表情を持った女性だから、どういう風に演じるかはあまり深く考える必要はなかった」と役作りについて明かした。ヒトラーユーゲントの教官を演じたサムは短い出演シーンながらも存在感を示す。「タイカに、“覚醒したビル・マーレイ”のイメージで演じたいと言い、彼もそのアイデアに乗ってくれた」とロックウェルが言うと、「その通り。ビル・マーレイは出演できなかったからね(笑)」とワイティティ監督も応じた。
役者でもあるワイティティ監督が作り上げたチームは和気あいあいとしていて仲の良さをうかがわせるが、映画制作者の顔ではとても真摯なメッセージを伝えようとしていた。「1933年にヒトラーが政権を取った時、毎日少しずつ状況が変わっていくことに対し、人々は小さな声で異論を唱えるだけだった。それだけでは十分でなく、取り返しのつかないことになってしまった。現在も同様に感じるんだ。ほんの一握りの人が反論を述べたり、デモ行進をしているのを横目に静観し、賢い現代人は過去と同じ間違いは繰り返さないだろうとタカをくくっていると、1933年と同じことになる。当時、“第一次世界大戦より酷いことは起きないだろう”と言っていたんだよ。その静観と傲慢さで過去の過ちを忘れてしまうことは、人類の最大の欠陥だ。このような出来事を繰り返し伝え、歴史を忘れずに、新しい切り口で同じ物語を伝えることによって自分たち自身と子ども達に大人になる方法を教え、団結し愛を持って未来へ歩んでいけるのだと思う」と、一気にまくし立てた。この熱のこもったスピーチに会場からは大きな拍手が送られ、『ジョジョ・ラビット』のワールドプレミアは幕を閉じた。
『ジョジョ・ラビット』の日本公開は2020年1月を予定している。
取材・文/平井伊都子