『死にゆく妻との旅路』の三浦友和が、妻の「名前で呼んで」にジーン
ある夫婦がたどった悲劇の実話を映画化した『死にゆく妻との旅路』(2月26日公開)で、主演を務めた三浦友和にインタビュー。1999年に実際に起こった保護責任者遺棄致死事件の当事者・清水久典氏の手記を基にした本作で、三浦は主人公の夫役にどう向き合ったのか。インタビューしたら、彼の映画に対する真摯な姿勢が見えてきた。
三浦が演じる夫は、事業に失敗して借金地獄に陥り、なけなしの50万円だけを持って妻とワゴン車で旅をしていく。病に侵されつつ、最後まで夫と旅を続けようとする妻のひとみ役で、石田ゆり子が透明感あふれる演技を見せている。
三浦は、最初に台本を読んだ時の感想をこう語る。「現実の話ですが、正直、ご夫婦のあり方がよくわからなかったです。9ヶ月間の車中生活では、ふたりにしかわからないことがたくさんあったんじゃないかと。そこに惹かれました。僕らも迷いながら撮影をするんだろうし、きっと映画ができあがっても、お客さんそれぞれの見方ができるんじゃないかと思ってね」
役柄にはどうアプローチをしていったのか? 「実話なので嘘はつけないから、ノンフィクションとフィクションの狭間で揺れるしかないと思いました。映画って大前提としては嘘だけど、作り物に見えてしまったら駄目なので、監督や石田さんと話し合い、そこを一番注意して演じました。実際に、車の中という狭い空間で石田さんと毎日撮影していると、このふたりの関係性って特殊だったんだなと実感していきました。それはやってみるまで想像しきれなかったです」
たくさん切ないシーンがある本作で、三浦が印象的だったセリフは、意外にも前半の日常のシーンだった。「妻が『“お母さん”じゃなくて“ひとみ”って呼んで』っていうくだりですね。あれは思わず自分に立ち返りました。夫婦関係において、女の人はこんなところを大事にするのかと。そういえば、自分も妻の名前なんて全然呼んでないなあと。子供が生まれると、どうしてもお父さん、お母さんとか、パパ、ママになっちゃうから。ああいう生っぽいセリフのやりとりが好きでした」
本作を撮り終えた後も、三浦は「この生き方が間違っていたとは言えないし、正しいとも言えない」と言う。「清水さんたち夫婦がどういうふうに考え、何を感じていたのかは、結局わからず終いでした。でも、この方たちがやったことは現実だから、それを僕らが善悪で判断するのは失礼だし、そういう資格は自分にはないだろうとも思いました。実際、清水さんは法律的には逮捕されていますが、起訴猶予処分になったわけですし、誰も判断は下せないですよ」。三浦は、彼らのような事件になる可能性はみんなにあると続ける。「ちょっと何かが狂っただけでそうなってしまった。人ごとじゃない映画ですよ。この映画に関わってから、強くそう思うようになりました」
最後に、「沈まぬ太陽」(09)や北野武監督作「アウトレイジ」(10)などの悪役ぶりや、「借りぐらしのアリエッティ」(10)で声を当てた頼もしい父親役など、個性豊かな活躍ぶりを見せる三浦に、今後目指す俳優像について聞いてみた。「俳優は常に受け手だから、生き方なんて何も決められないんです(苦笑)。でも、後1年もすれば還暦だから、良い顔をした俳優でいたいとは思っています。面白そうだと思って、監督が使ってくれるようにね」と、良い笑顔を見せてくれた。
俳優として、人として年輪を刻んできた三浦が演じたからこそ、身につまされ、心に響く映画となった『死にゆく妻との旅路』。ある夫婦が織りなす真実のドラマは、見た人それぞれの価値観を揺さぶりそうで、実に興味深い。【Movie Walker/山崎伸子】