松岡茉優「天才が輝くためのお手伝いをするほうが性に合っている」『蜜蜂と遠雷』原作者の恩田陸先生も驚く
直木賞と本屋大賞で史上初のW受賞を果たし、「映像化不可能」と言われていた恩田陸の同名小説を、松岡茉優主演で映画化した『蜜蜂と遠雷』(公開中)。恩田先生自身が「小説でなければできないこと」に挑んだという長編小説は、音楽のディテールやバックグラウンドをじっくりと立体的に表現することで、天才たちの心理描写までを丁寧にすくい取った秀作だ。その難攻不落の小説を映像化した本作は、原作のダイジェスト版になることなく、2時間という尺の確固たる音楽映画に仕上がっていた。すばらしい!本作で重責の主演を務めた松岡茉優と、原作者の恩田先生に、インタビューを敢行した。
本作で描かれるのは、国際ピアノコンクールに集う若き天才ピアニストたちの競演だ。メガホンをとったのは、『愚行録』(17)の石川慶監督で、脚本、監督、編集に携わり、原作の豊かな音楽性と人間ドラマをきちんと共存させた。
楽曲の演奏シーンでは、河村尚子、福間洸太朗、金子三勇士、藤田真央という世界で活躍する日本最高峰のピアニストたちも参加した。松岡自身も原作の大ファンだっただけに、相当なプレッシャーを背負いながら、主演に挑んだ。
「実は天才が輝くためのお手伝いをするほうが自分の性に合ってます」(松岡)
松岡は、かつて天才少女と謳われるも、母親の死をきっかけに表舞台から遠ざかっていた主人公の栄伝亜夜役を、松坂桃李が、楽器店で働きながら“生活者ならではの音楽”を提示する高島明石役を、森崎ウィンが亜夜の幼なじみで名門ジュリアード音楽院に在学中の優勝候補、マサル・カルロス・レヴィ・アナトール役を演じた。さらに、いまは亡き“ピアノの神様”ユウジ・フォン・ホフマンに推薦されたという謎の少年、風間塵役には、新星の鈴鹿央士が抜擢された。
心血注いでピアニストの亜夜役を演じた松岡は「役を作ることよりも、この作品を映像化し、恩田先生に納得していただくことの難しさのほうで頭がいっぱいでした。読書っ子の私は、恩田先生の作品が大好きで追っていたけれど、そのなかでも『蜜蜂と遠雷』は、体験したことのない小説でした」と、並々ならぬ原作への思い入れを口にした。
恩田先生は、本選のシーンを見学に行った際、黒いドレスをまとった松岡を見て、思わず「亜夜ちゃん」と声を掛けてしまったそうだ。「本当に、まるでそこに亜夜ちゃんがいたような感じで、ぴったりのキャスティングだと思いました」と先生から賛辞を受けた松岡は「感激しました。あの時、すべてが報われた想いでした」と感無量の様子だった。
恩田先生が、今回の小説で描きたかったのは「いろいろなタイプの才能」だったそう。「今回はドロドロしたドラマではなく、ひたすら音楽と純粋に向き合い、互いに切磋琢磨していく人たちの関係性を描きたいと思いました。それは4人のピアニストだけではなく、彼らの周りの人たちも含めての物語です。人にはいろいろな種類の才能があります。例えば奏ちゃんみたいに、誰かをサポートすることで才能を発揮する人もいれば、ピアノの先生みたいに人を教える才能を持つ人もいます。いろんな才能、すなわちいろんなタイプの天才の話です」。
松岡はその話にうなずきながらも「わがままを言えば、私は奏ちゃんを演じたかったです」と言うと、恩田先生は「え?すごく意外です」と驚く。松岡が言う浜崎奏とは、小説にのみ登場するキャラクターで映画には登場しない。亜夜が通う音楽大学の学長の娘で、コンクールでは亜夜に付き添い、メイクをしたり、ドレスの準備をしたりと、よく気が利くので、マネージャー的な役割を担う。
松岡は「私はある種、奏ちゃん型の人間だと思うし、天才が輝くためのお手伝いをするほうが性に合っているんです」と告白。
「役者の世界には、亜夜のような天才がたくさんいて、私はそういう人たちをまぶしく見つめつつ『自分はそっちに行けないから、別の場所で頑張ろう』という体験を何度もしてきました。だから、おそらく自分に一番合っている役は、奏ちゃんだったのではないかと。でも、映像化にあたり、奏ちゃんを連れてこられなかったので、自分が亜夜役を演じるにあたり、奏ちゃんのいない穴をどう埋めていくかが私のなかのテーマでもありました。だから、奏ちゃんの想いを背負いつつ、亜夜を演じたような気持ちです」。
恩田先生は「でも、石川監督は『栄伝亜夜と、松岡さんの経歴は重なる部分がある』とおっしゃっていましたよ。だから私もそうなのかなと思っていましたし、実際に松岡さんを見た時も、本当に栄伝亜夜にしか思えなかったです」と不思議がると、松岡は恐縮しつつも大喜びする。
「天才をうらやむ気持ちと共に、屈折した優越感が私のなかにもあります」(恩田)
コンクールで3強の存在となるのが、亜夜、マサル、風間塵の3人だ。そのなかに、食い込もうと必死に食らいついていくのが、このコンクールに最後の勝負を掛けた社会人の明石で、天才たちの才能を目にした彼の葛藤もリアルに描かれている。
恩田先生が「天才に対するうらやましい気持ちはもちろん、それとは裏腹の屈折した優越感みたいなものが私のなかにもあります。やはり登場人物には、自分が普段考えている思いが少しずつ入っていると思います」と言うと、今度は松岡が「先生こそ天才なのに、そんなことを考えていらっしゃるんですか?」と戸惑いながら「では、先生が思う天才の方とは?」と質問する。
恩田先生は「作家はいっぱいいますから。しかもこちらは、昔の文豪などの本と並べられるわけです。そう考えると気が遠くなりますね」と、達観したような穏やかな笑みを浮かべる。
松岡は、奏だけではなく、明石にも大いに感情移入できたそうだ。
「私は8歳で芸能界に入りましたが、そのころは決して恵まれてはいませんでした。だから、ずっとお芝居のレッスンを続けるなかで、どんどん才能ある方々が主役に抜擢されたり、フィーチャーされていく姿を見て育ちました。ちょうど私は、神木隆之介さんや志田未来さんが子役で活躍されていた世代で、まさに彼らが亜夜たちでした。でも、私はそうなれなかったので、お芝居を“練習する”しかなくて、いろいろなことを学んでいきました。今回の亜夜役も、決して感覚的に演じたのではなく、1個1個考えて積み上げていった感じです。私は“感覚派”ではないし、天才でもないんです」。
恩田先生が「意外でしたが、おもしろいですね」と納得すると、松岡は今回、現場で出会った“感覚派”の役者として、新人の鈴鹿央士を例に挙げた。松岡が「彼はすごいです」と興奮しながら言うと、恩田先生も「鈴鹿くんは、風間くんのイっちゃってる感じをすごく上手く演じてくれていました。演奏シーンも成り切っていましたね」と松岡同様に鈴鹿を称賛する。
亜夜と塵がベートーヴェンの「月光」を連弾するシーンは、恩田先生もお気に入りのシーンで「石川監督は登場人物たちの心情をモノローグを使わず、ビジュアルで見せていらっしゃった。演奏シーンも映画でしかできないことをやってくださっている」と感心したそうだ。
松岡は、そのシーンのリハーサルで、鈴鹿の芝居を見て舌を巻いたそうだ。「『月光』を弾く前に、亜夜と塵が少ししゃべるくだりがあるんですが、鈴鹿くんがひと言目の台詞を言った瞬間、自分の台詞が飛んでしまったんです。芸歴16年目なのに(苦笑)。とにかく彼の芝居がみずみずしくてまぶしかったので、こんなお芝居ができるのか!と感動しちゃって。自分はそんな感覚を、もう忘れていたんです。彼が塵を演じて大正解でした。彼がオーディションで決まった時、石川監督も満面の笑みで『見つかりました!』とうれしそうでした。彼はまさに塵そのもので、本当に才能があるんだと思いました」。
とはいえ、松岡も第42回日本アカデミー賞において『勝手にふるえてろ』(17)で優秀主演女優賞を、『万引き家族』(18)で優秀助演女優賞を受賞し、今年はこのあとさらに『孤狼の血』(18)の白石和彌監督作『ひとよ』(11月8日公開)という話題作の公開も控えており、もはや女優としての人気と実力は盤石な印象を受ける。特に主演映画である『蜜蜂と遠雷』は、この先、彼女のフィルモグラフィのなかでも特別な1作となりそうだ。
恩田先生は、自身の小説が映像化される際「基本的には、制作の方々におまかせしています」とのことだが、今回の映画化については「松岡さんたちキャストとピアニストの皆さんがすばらしい方たちばかりで、いろんな意味で幸運でした。試写を観た時、一本の映画として完成していたことが、すごくうれしかったです」と頬を緩めた。
原作者から直接、主演女優の冥利に尽きるコメントをもらった松岡は「ありがとうございます。映画は公開後、お客様に観ていただいた時点がゴールのはずですが、すでにゴールテープを切れた気分です」と笑顔で胸をなでおろした。ぜひ、音響のいい大きなスクリーンで、松岡たちが奏でる極上のコンサートを堪能してほしい。
取材・文/山崎 伸子