“こんな近未来はイヤだ”!?『AI崩壊』に見る、管理社会が監視社会になりうるAIの可能性
日常の様々なところで活用されているAIテクノロジー。スマートスピーカーやお掃除ロボット、冷蔵庫などの家庭の周りはもちろん、自動車の自動運転化や高齢化が進む農業の解決策などへの取り組みも始まっている。そんなAIはこれまでにも映画で多様な形で描かれてきたが、その最新作となるのが公開中の『AI崩壊』だ。
入江悠監督による、完全オリジナル脚本となる本作は、いまからわずか10年後の2030年の日本が舞台。働ける人口が50%、未来を担う子どもは10%未満、残り40%は、老人と生活保護者となり、国家は崩壊寸前。そんななかAIは、国民の個人情報や健康を把握し管理する“第4のライフライン”となっていた。しかし、国を支えるAIが突如として暴走してしまい…。
管理社会の良い面と恐ろしさが、専門家の監修を交えリアリティを持って描かれている本作。例えば、ウェアラブル医療AI<のぞみ>は、朝、起こしてくれるという1日の始まりから、天候によって着るべき服装や、健康状態からなにを食べるべきか食事のメニューを提案。もちろん身体の不調を教えてくれるなど医療機器としても生活を支えている。さらに車や家電とも連動しており、隅から隅までAIが生活に入り込んだとにかく便利で効率化された社会が登場する。
しかし、その一方で、AIによって仕事を奪われた人たちによるデモが発生していたり、一人一人の遺伝子情報や、収入、納税、趣味まであらゆる個人情報を持っていることから、人間の価値を数値化して判断するという暗い面も。しまいには、年齢や年収、犯罪歴や家族構成などからAIが生きる価値のある人間を選別し、それ以外の人々を殺戮し始めるのだ。
このAIの暴走の首謀者だと疑われた<のぞみ>の生みの親の科学者・桐生(大沢たかお)を警察が追う際にも、<百眼>と呼ばれる捜査AIが用いられるのだが、街中の監視カメラをはじめスマホやPC、ドライブレコーダーなどネットワークがつながるあらゆる映像を駆使し、顔認証や歩行認証によって追跡。まさにジョージ・オーウェルの「1984年」のような監視社会が描かれている。
一見平和で豊かなように見えつつ、裏ではカメラで監視し、人を数値化し管理するというディストピアな社会。本作はフィクションだが、中国では信号無視をすると顔認証で検知され、信用記録に反映される仕組みがある。米国ではウィスコンシン州の企業「スリー・スクエア・マーケット」が、マイクロチップを人体に埋め込む技術を社員に提供することを発表したばかり。ここ日本でも、決してありえない話とは言えないのだ…。
文/トライワークス