サム・メンデス監督が語る“戦争映画を作る理由”「人間の体験とはなにかを描きたかった」
「自画自賛のようだが、想像以上の出来だ」。舞台演出家を経て映画監督デビューを果たした『アメリカン・ビューティー』(99)でいきなり第72回アカデミー賞の作品賞を含む主要5部門を制し、その後世界的人気シリーズ「007」などを手掛けてきたサム・メンデス監督は、自身の最新作『1917 命をかけた伝令』(公開中)について確たる自信をのぞかせる。
「それはロジャー・ディーキンスをはじめ、美術のデニス・グラスナーや作曲家のトーマス・ニューマン、素晴らしいビジュアルエフェクトチームや衣装デザイナーなど、才能あるスタッフに恵まれたおかげだ。自分でもディテールやスケールに注力したとはいえ、その想像以上にビッグでディテールに富んだ作品になったと感じているよ」。
本作は第一次世界大戦の最前線を舞台に、味方の兵士たちとイギリスを救うための重要な任務を命じられた2人の若き兵士の1日を描きだす。全編を途切れることなくひとつながりの映像で見せるワンカット風映像が大きな話題を呼ぶと同時に、この上ない緊張感と臨場感を生みだし大絶賛を獲得。第77回ゴールデン・グローブ賞作品賞(ドラマ部門)をはじめ本年度の賞レースを席巻し、先日発表された第92回アカデミー賞では10部門にノミネート。撮影賞など3部門で受賞を果たした。
約2ヶ月をかけて撮影された、全編ワンカットに見える圧巻の映像表現についてメンデス監督は、「はじめは登場人物の後ろから追っていくという反復的で単調なものになってしまわないかと懸念していたんだ」と吐露するが、それは撮影監督のディーキンスとの綿密なやり取りによって見出した表現力でカバーしたという。「俳優、カメラ、そして風景との関係が時を追って常に動き続ける。光の感じや時や距離の感じられ方といったものまですべてが誇らしく感じるほどだ」。
この“ワンカット風”撮影のアイデアは、前作『007 スペクター』(15)の冒頭シーンから派生したものだという。同作では、メキシコの死者の日の群衆の中からダニエル・クレイグ演じるジェームズ・ボンドが現れ、人混みの中を通り建物に入り、エレベーターとホテルの一室を経て屋上に出るショットがひとつなぎで描かれている。「キャリアのはじめの頃から何度か長回しを試してみたんだが、あまり良くならなくて、最終的には半分にカットしたことがあった。そして『スペクター』の時に再度挑戦してみたんだ。その撮影をしているときに、“常に先に進んでいくというやり方で映画を1本撮ったらどうなるのだろう?”と考えるようになったんだ」と、“長回し”撮影を追求し続けたことが、本作の画期的な表現へとつながったようだ。
もっとも、これまでも“全編ワンカット映像”に挑戦した作品は何本もあり、また全編ではなくとも画期的な長回しショットが話題を集めた作品も多数存在している。「長回しシーンのある作品やワンカットの映画を楽しんできたが、それぞれが異なる映画であるように感じている。例えば全編ワンカットの『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』は屋内の限られた場所で展開するけど物語が何日間にも渡るという設定だった」と語るメンデス監督は、本作を手掛ける上で最も影響を受けた作品としてアルフォンソ・キュアロン監督の『トゥモロー・ワールド』(06)を挙げる。
「車の周囲からウインドウの中に入っていくという派手に長回しであることを見せつけるシーンよりも、中盤に出てくる包囲攻撃を受け、クライヴ・オーウェン演じる主人公が女と子供がいる建物の中に入ろうとしているシーンに感銘を受けた。あれを観た時に、本当に素晴らしいショットだと思ったんだ。でもそのようなシーンが観られる映画は他にはなかなかない。だから本作の準備段階では他の作品はほとんど観ないようにして、写真だけを観て話し合うことにしたんだ」。
そして本作を語る上で忘れてはならないのは、意外にも映画で描かれることが少なかった第一次世界大戦を題材にしたという点だ。「たしかに『突撃』や『大いなる幻影』、あと『アラビアのロレンス』も第一次世界大戦映画といえるかもしれない。けれど映画として充分に注目されていないのは、塹壕や無人地帯というとても静的な戦争だったからだ。その戦争のスケール感を描くためには塹壕から離れなければならい。だから200ヤード以上進むことさえ困難だった、1917年の瞬間を本作で表現したかったんだ」。
そう語ったメンデス監督は、現代で“戦争映画”を作る理由について力説する。「作るのも観るのも、そこに人間が極限まで追い込まれる様子が描かれているからだ。人間が招いた状況で、人は基本的なものを除いてすべて奪われてしまう。人間であること、兄弟や家族、友人がいるということは何を意味しているのか?自分のことばかり考えるような時代であるいま、それを想像するのがいかに難しいことだろうか」。
さらに「我々は平和な時代に生まれ、幸運だ。少なくとも西洋ではそうだ。それでは自分よりずっと大きいなにかのため、会ったこともない誰かのために自分を犠牲にするというのはどのような意味があるのだろうか?だから戦争の物語を語るんだ。そこに普遍的な真実を見出そうとする。第一次、第二次、もしくはそれ以外の戦争とは関係なく、人間の体験とはなにかを描きたいんだ」と続けた。その想いと画期的な映像表現によって生みだされた臨場感あふれる本作は、既存の戦争映画の概念を大きく変える映画体験となるに違いない。
構成・文/久保田 和馬