アカデミー賞受賞のロジャー・ディーキンスが明かす、『1917』ワンカット撮影の舞台裏
「技術的にこのような作品はこれまでやったことがなかったから、懐疑的だったのは確かだ」。一昨年公開された『ブレードランナー2049』で14度目のノミネートにして悲願のアカデミー賞撮影賞を受賞し、『1917 命をかけた伝令』(公開中)で2度目のオスカーに輝いたロジャー・ディーキンスは、この『1917』で挑んだ画期的な“ワンカット風撮影”についてそう振り返る。
「監督がサム(・メンデス)だということと、第一次世界大戦が舞台だということに惹かれて引き受けたら、送られてきた脚本の表紙に書いてあったんだ。“ワンカット”だとね(笑)。本当にそうなのか最初はよくわからなかった。でも脚本を読んでサムと話し合いを進めていくうちにしっくりきた」。
また本作が世界中で大絶賛を集めていることについては「素晴らしい反響なのは嬉しい」と顔を綻ばせながらも、自身が思い描いていた通りの作品になったかどうかという問いには「すぐに自分の作品を評価することはできないから、1〜2年経ってから考えてみるよ」と、あくまでも冷静な姿勢を貫いていた。
本作では第一次世界大戦下の1917年を舞台に、重要な任務を任された2人の若きイギリス人兵士の姿が描きだされる。ディーキンス自身、生まれ育ったイギリスのデヴォン州北部の小さな村の広場に戦没者の慰霊碑があったことから、第一次世界大戦の映画を手掛けることに長年興味を持っていたのだとか。そして4度目のタッグとなったメンデス監督との事前の話し合いについて、「かなり長いプロセスだった」と明かした。
「まず話し合うことから始め、絵コンテを作った。映画のほぼ全編の絵コンテを作ったが、それは最終的にはあまり使わなかった。なぜかと言えば、それはカメラをどう動かしていくかということを知るためだったんだ。その後、俳優たちと一緒にリハーサルを入念に行ったんだ」。他にも俳優が動く正確な距離に合わせた巨大なセットを建設することが必要となるなど、大勢のスタッフ・キャストが一丸となったリハーサルが撮影前の何週間にもわたって重ねられたていったのだとか。
なかでもディーキンスが最も苦労したのは、やはりワンカットに見える映像に上手く繋ぎあわせていくことだったという。「長回しは他の作品でもやるし、ワンカットというのもそれほど新しいことではない。ただ、ソルズベリーやグラスゴー、ノーサンブランドなど様々な場所で撮った映像を、ある場所から次の場所へと上手く繋ぎあわせていくことは大変だった。まるで別の映画から持ってきたかのようだと観客に感じさせてはいけないからね」。
そして、劇中で最も思い入れのあるシーンを訊ねてみると「最後の瞬間だ」とディーキンスは迷わず答える。「全編屋外で、曇り空の下で撮りたいと思っていたが、そのシーンだけは太陽に顔を出してもらいたかったんだ。そして実際にそうなった。でも念のため20テイクほどは撮っておいたよ。最後に太陽が出るというのを、ひとつの小さな雲だけで判断したんだが、不思議なものだったよ」と撮影現場で起きた奇跡をしみじみと振り返った。
そんなディーキンスに、これまでワンカット撮影や長回しが行われた映画で良かったものは?と訊ねると「参ったな、あまりないね(笑)」との回答が。「好きだという表現は強すぎるが、唯一長回しを用いた映画で好きなものは『炎628』だ。ステディカムを用いた長回しを初めて実現した作品のひとつだとおもう。それに、かなり長い長回しに挑んだミクロシュ・ヤンチョーの作品もある。ただそれらは映画1本通してワンカットではない。だから本作はとても特定のリアルタイムの体験で、そんなことをやれる機会はほとんどないんだ」。
さらに「少なくとも本作は携帯電話で観るべき映画ではない」と、近年の映画を取り巻く環境の変化にも言及するディーキンス。「それに僕はIMAXもあまり好きではないんだ。スクリーンの中央にホットスポットがあるのが好きではないからね。でも今回IMAX上映のためのタイミング処理をやってみたら、意外と良かった。とてもささやかなやり方で戦争がどうであったかを体験してもらえるのであれば構わない。観客にその当時世界がどうだったかというのを少しでも理解してもらえるのであれば、それは素晴らしいことだ」と、映画技術の発展が映画表現の可能性を確実に拡げていることを称えた。
構成・文/久保田 和馬