【連載】『松本花奈の恋でも恋でも進まない。』第20回 ようやく、上京
「DVD&動画配信でーた」にて好評連載中の、注目の若手監督・松本花奈による日々雑感エッセイ「松本花奈の恋でも恋でも進まない。」。第20回は、キムタク似のマンションの管理人さんとのとあるエピソード。
『松本花奈の恋でも恋でも進まない。』第20回 ようやく、上京
恥ずかしい話だが、4月に入ってすぐに引越しをした。なぜ恥ずかしいかというと、私は昔から何だか季節に合わせた行動をすることへのむず痒さがあるのだ。
例えばクリスマスにイルミネーションを見ること、夏休みに花火大会に行くこと、ハロウィンに仮装すること…きっとこれは小中高時代の多感な時期に、“他人とは違うことをして生きなさい”と言われ続けた結果だ。それ自体は良いことなのだが、だいぶ捉え方をこじらせすぎてしまった。
引越し前日、部屋の整理を終わらせ外でご飯でも食べようとエントランスへ降りると、ちょうど入れ違いでマンションに入ってくる木村拓哉似の男性(比喩ではなく本気で木村拓哉に似ている、ダンディな男性である)の姿が目に入った。マンションの管理人さんだ。彼が視界に入った途端、私の心臓はバクバクと鼓動し始めた。先に言っておくが、決して恋ではない。
蘇ってくる記憶は、忘れもしないとある夏の日。忙しさにかまけて半年ほど一切掃除をしていなかったら、夏にはほんのり部屋が異臭を放ち始めた。流石にマズいと思いゴミの処分に取り掛かったものの、家に帰る頃にはいつも気力がない。とりあえず乱雑に分別はせず、燃える、燃えない、ペットボトルなども全て同じゴミ袋にまとめ、こっそり捨てようとしているところをイケメン管理人さんに見つかったのだ。「ふざけるな!」の言葉に始まり、こってり叱られた。いや本当に、これでもかというほど怒鳴られた。120%私が悪いのだが、その時の私は生活に疲れていて小声で「スンマセンッ」というのが精一杯だった。
それからどうも私は彼との接触を避けるようになってしまった。管理人と住人という関係性の上で、特段会わないように日々を過ごすことは何ら問題はなかった。そうこうしている内に時間だけがどんどん経っていった。
彼との距離が近くなり、そのまますれ違って、きっと一生会わないでいることもできた。が、それは何だか嫌で、「306号室の松本です。明日、引っ越すのですが…」と勇気を出して声をかけた。「知ってますよ」と淡々と言われた。そこで会話は終わると思ったが、「向かいの公園の裏の桜、満開でしたよ。春ですね」と続いた。あまりに唐突な言葉に私はまた「ア、ソウナンデスネッ」と小声で答えることしかできず、会釈をして私たちは別れた。
先週公園の裏の桜を見に行った時はまだ三分咲きだったが、もう本咲きになったのだろうか。春にお花見をするなんて、やっぱり恥ずかしく感じてしまうけれど、彼が見た満開の桜を私も見たい、と思った。
●松本花奈プロフィール
1998年生まれ。映像監督。主な監督作に映画『脱脱脱脱17』(16)、『キスカム!〜COME ON, KiSS ME AGAIN!〜』(公開日未定)。演出で参加したAbemaTVのドラマ『僕だけが17歳の世界で』が配信中。東京少年倶楽部「flipper」のMV、シンガーソングライター、みゆはん「綺麗になったよ」「一年半の僕ら」のMVを監督。
文/松本花奈