辻井伸行が『神様のカルテ』で映画のテーマ曲に初挑戦した舞台裏とは?
夏川草介の同名小説を、櫻井翔、宮崎あおいを迎えて映画化した『神様のカルテ』(8月27日公開)で、映画のテーマ曲に初挑戦したピアニスト・辻井伸行。ご存知の通り、彼は第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで日本人として初優勝した世界的なピアニストだ。盲目の彼が映画とどんなふうに向き合い、曲を手掛けたのか。その制作秘話を、深川栄洋監督が語ってくれた。
櫻井翔扮する医師・栗原一止は、24時間、365日対応の本庄病院で忙殺されながらも、真摯に患者と向き合っていく。辻井の感性により、生と死をテーマにした本作に寄り添うような曲が誕生した。彼にオファーすることを提案したのは、プロデューサーだったという。「主題歌で、いきなり違う世界観の歌が入るのは嫌だなって思っていたんです。そしたら、辻井さんの名前が挙がって。でも、彼は映画を見たことがあるんだろうかと。もしかして、辻井さんを傷つけることになるかもしれないので、慎重に聞いてみてくださいとお願いしました。そしたら辻井さんから『興味がある』と言ってくださったので、点字の台本を読んでもらい、現場に来てもらったんです」。
そこで深川監督は、丁寧な話し合いの場を設けた。「『映画は好きですか? 見に行かれますか?』と聞いたら、『僕、見ます』と仰って。『見る』という言葉を使った時、一瞬まずいと思ったんですが、彼は『いつもお母さんと一緒に見るんです』と言ってくれたんです。そこからは、僕らが遠慮をしてはいけないなと思って。クリエイターとして勝負をしないといけないから、今度は僕らがいろんなことを要求し、それを受けて作ってもらったのがあの主題曲です」。
興味深いのはここからのやりとりだ。「この曲は清涼感があるけど、人が死んでいく恐ろしさや心の闇みたいなものを感じなかったので、もう一曲書いてほしいとお願いしました。後半の安曇さんの手紙のシーンで使いたいと思った挿入曲です。『安曇さんは自分の余命を知ってから、真っ暗な世界にいました。辻井さんならわかりますよね。大事な人の言葉や声がどんどん消えていって、最後に一人になってしまった。その時、すごく耳に残る声があって、それが一止の声だった。それを逃してしまうと、死ぬ間際に光は訪れなかった。そんな彼女が書いた感謝の手紙を読むシーンで流したい曲です』と言いました」。
それを聞いて、辻井はしばらくの間、固まってしまったという。「あ~ぁ、僕は彼をすごく傷つけてしまったなと思いました。大変な光を放つ玉に、僕は傷をつけてしまったと。プロデューサーにも申し訳ないと。そしたらプロデューサーから『彼はすごく集中して話を聞こうとしていたので、今は悩んでる途中かもしれないけど、必ず帰ってきますよ』って言われて。でも、本当にその時、エンジンがかかっちゃったらしいです。後日、作ってくれた曲を聴いてみて、ああ良いなあって。だから、レコーディングする時も立ち会い、今こんな画が流れていて、こういうふうな思いが手紙にありますといった具合に説明をしました。それに合わせて彼が弾いてくれたんですが、とても豊かな良い時間を過ごさせてもらいましたね」。
深川監督は本作のテーマについてこう語った。「生と死って僕らがコントロールできないものだけど、この映画はそれに立ち向かおうとしている人たちの話です」。生と死は表裏一体で、だからこそ死を描くことによって生の素晴らしさも浮き彫りにされる。辻井伸行が手掛けた2つのメロディは、見事に本作のテーマに彩りを与えたのではないか。【取材・文/山崎伸子】