堺雅人、香川照之、広末涼子、認め合う3人が奏でる幸福な不協和音とは?
過去二作で観客をあっと驚かせた内田けんじ監督。最新作『鍵泥棒のメソッド』は、ひょんなことから人生が入れ替わったふたりの男と、ひとりの女が織り成す笑いとサスペンス、そしてトキメキに満ちた物語。気持ちの良いラストまで一気に誘ってくれるが、そんな中、何と言っても楽しいのが、堺雅人、香川照之、広末涼子の人気、実力を兼ね備えた3人が演じる意外なキャラクターだ。これまでも共演を重ねてきた彼らに、今回のアンサンブルの感想を聞いた。
芝居の下手な役者・桜井役に挑んだ堺は、「おふたりには絶対的な信頼感があった。楽しみ以外の何ものでもなかったですね。3人がかみ合わないアンサンブル。これは豊かだなと思った」と振り返る。広末も「幸福感があって、演じることもそうですが、お客さんになって、傍観したいくらい楽しかった!」と目を輝かせた。「香川さんの殺し屋のシーンはゾクッとするし、他の誰にも真似できない説得力がある。一転、記憶を失ってからは、Tシャツをズボンにインするスタイルになるんです(笑)。人が一生懸命であることが滑稽さを生むという、その視点が映画のシュールな笑いにつながっているんだなと、ひしひしと感じました。堺さんは、几帳面で真面目というイメージがあったのに、映画の中では、だらしなくって(笑)。芝居の下手な演技ができる、その腕力がすごい。みんな変わっていて、みんなマイペース。それぞれが反応しないことの不協和音、それがこの映画の独特な空気感なのかな」。
そう語る広末も、トレードマークの柔らかな笑顔を封印して、見事なコメディエンヌぶりを披露している。「今回、実感したのが、役を演じているつもりでも、やっぱり素の部分が出てしまっているのだということ。今までお芝居をするというのは、日常以上に感情を解放して、喜怒哀楽を出すことだったんです。たとえば、香川さん演じるコンドウのことを見て、『この人、努力家だ』と感じた時に、自然と口角が上がってしまうんですよね。それすらも抑えなければいけなかった」。堺は「可愛くてNGっていうのが何回かあったもんね。広末さんは優しいし、気が付くから、人のお芝居に反応してくださる。今回は気が利かない人としていなければいけなかった。難しかったと思います」と述懐した。香川も「アンテナを張って、反応して、というのは自然とついていってしまう力。今回の広末さんは新鮮だったなあ。広末さんは、どんどん新しい姿を見せてくれる」と感想を述べた。
堺が演じる売れない役者と、香川が演じる記憶を失った殺し屋。人生が入れ替わるとあって、ふたりともが“役者”を演じることになった。堺は「役者を演じてみて、改めて役者ってとらえどころのない職業だなと思ったんです。これをやっておけば役者だという記号がない。しかも今回は、相手が香川さん。技術との戦いでいったら、絶対に負けるであろう相手だったので、あまりそっちの方で勝負したくないと思ったりもして(笑)。僕は、唯一役者を役者たらしめているのは、『そこで何かをしなさい』という指示に対して、何の疑いもなくそこにい続ける力、ある種の鈍感力だと思っています」。香川はその言葉を聞いて「役者ってしがみつく仕事だからね」とうなずいた。
続けて、堺は「香川さんが以前、『現場に入ったら役者にできることって何もないんだよな』って仰っていて。技術ではなく、その人が一番大事にしているものや、人柄が芝居には出るんだって。桜井は芝居の下手な役者ですが、彼の純粋さ、鈍感さ、強さというのは、ある意味、役者という職業を考える時に、色々と教えてくれる存在だったと思うんです」と真摯な眼差しで語ってくれた。
一方の香川は、堺をこう評した。「堺さんは、ここ数年、主演をやって積み上げてきたものがパンチ力となってきている。それを今回、再確認できたと思います。僕は、堺さんは頑固で、固い殻があって、一筋縄ではいかない人だと思っている。それをどうするかというのを俳優としての原動力にしているんだと。堺さんは映画界にとって至宝の人になったけれど、僕は堺さんのことをちゃんとわかっているつもりでいたいし、そういう役柄でいたいと思う。堺さんが持っている資質というものも、これから5年、10年と変容していく。僕もそれをまた確認していく、目撃者になっていく。それは楽しみなことですよ」。そこには、信頼し、尊敬し、そして高め合う確かな関係性が垣間見られた。
また、爆笑必死とお勧めしたいのが、そんなふたりが演技論を戦わせるシーンだ。香川も「僕、あのシーンで、堺さんの顔を見て本当に笑っちゃってるもん。鬼の心でそれを我慢している。良く見たら、完全に笑っちゃってます!」と、自らも楽しんだことを告白。広末も「あのシーンは、監督も『すっごく楽しかった!』と満足されていて。現場でも、何度もあのシーンの話が出るくらい(笑)」というから、まさに必見だ。
認め合う3人が魅せる見事な不協和音。人生とは、映画とは何と豊かなものかと実感できるはずだ。是非とも劇場でたっぷりと酔いしれてほしい、そんな一作であることは間違いない。【取材・文/成田おり枝】
香川照之 スタイリング:Miyuki Tashiro(STUDIO QUE) ヘア&メイク:Ryuji Nakashima(HAPP'S.)
広末涼子 スタイリング:Machiko Hirano(NOMA) ヘア&メイク:Tamae Okano(STORM)