高橋惠子が『カミハテ商店』で初の老け役に!「メイクを取ると若返るのが嬉しかった」
こんな高橋惠子は見たことがない。『花物語』(89)以来、23年ぶりとなった主演映画『カミハテ商店』(11月10日公開)で彼女が演じたのは、自殺の名所の最果ての地でひっそりと暮らす初老の女だ。女優オーラを封印し、老けメイクを施した高橋は、心にやり場のない悲しみを宿すヒロインを、静かに、力強く演じた。本作で新境地を開いた高橋惠子にインタビューし、興味深い撮影秘話を聞いた。
『カミハテ商店』は、京都造形芸術大学映画学科による映画製作プロジェクト“北白川派”の第3作目。オファーをしたのは、彼女の夫で、同大学で教鞭を執っている高橋伴明監督だ。本作の監督は新鋭・山本起也だが、高橋監督自身も北白川派の2作目『MADE IN JAPAN こらッ!』(11)を撮っているし、本プロジェクトに関わっている。「いつも主人から映画の依頼を受けても、舞台などが決まっていることが多かったんです。でも、今回は早めに言われましたし、学生とプロのスタッフとやるということで面白そうだったから、是非!とお願いしました」。
ただ、オファー時に詳細を聞いていなかった彼女は、「台本を読んで初めて、こんな年をとった役だったんだってことを知りました」とお茶目に笑う。「でも、主人は、よく私におばあさん役の話を持ってくるんです。前にもあって、スケジュール上、実現しなかったけど、その時は確か80歳くらいのおばあさん役でした。しかも、随分前のことですよ」と、微笑みながら語る高橋惠子。その表情を見るだけで、ふたりの信頼関係がうかがい知れる。
千代役を演じるうえで、「いろんな役を振られたら、毎回、その人になろうとするので、そんなに抵抗はなかったです」という。「もう少し白髪を増やそうとか、黒っぽく、くすんだ顔色にするためのメイクを地塗りなしでしたりして。普段はどうしたら美しく見えるのかってことを考えますが、今回は全く逆でした。だから撮影を終えて、メイクを取ると、毎日若返るという嬉しさはありました(笑)」。
彼女が演じた千代が営むのは、自殺の名所である断崖絶壁の側にある古い商店だ。千代は店を訪れる訪問者、つまり自殺志望者と交流していく。脚本を読んだ時に、高橋は「これは大手の映画会社では通らない企画だなと思いました」と語る。「難しい役でしたね。セリフも少ないし、その時々がどんな気持ちかってことが説明されていないので、役を作り上げるのが難しかったです」。
実際に撮影をしていて、胃が痛くなったそうだ。「千代さん役では、発散する場もなければ、楽しい場面もないし、何かをずーっと抱えたまま、自殺する人の相手をしなければいけなかった。千代さんが、すごく無邪気に笑うことってずっとないですから。いかに千代さんになり切るか、いえ、なり切ることはできないので、近づけるんですが。今回は自分の芝居がどう思われるかってことを全く捨てて、千代さんとして、そこにいるようにしました。そういう役は今まであまりなかったですね」。
また、本作のテーマについても語ってくれた。「ほんの小さなことが、人の力になったりすることってあるんだなって。それは肉親だけじゃなく、近所のお店のおばちゃんだったりもするんです。お店をやっている人って、すごくいろんなものを人に与えてくれているんだなって感じました。お店へ行くだけで、ちょっと弱気になった自分を出せたり、そんな自分をさりげなく受け止めてくれたりする、そういう関係って大事ですね。本作では、そういうものも感じさせてくれるんじゃないかと」。
人生の紆余曲折を経て、今はとても良い感じで年を重ねている印象を受ける高橋惠子。女優としての今後についても聞いてみた。「やっと、自分の女優としての色合いを発揮できるようになってきたかなと思っています。これからもいろんなものに挑戦したいから、あまり周りの人がどう思うかってことを気にせずに、自分を前面に出してみようかなと。今後はもっと、女優・高橋惠子として、主張をしていきたいです。美しさを追求することも大事ですが、上辺を飾り立てて何かをするってことじゃなく、中から心がどう動くのかってことを一番大事にしていきたいと思います」。
終始、穏やかな口調で、女優としての力強い展望まで聞かせてくれた高橋惠子。女優としての幅を広げた『カミハテ商店』のヒロインには、彼女の揺るぎない強さや、凛とした内面の美しさが映し出されている。【取材・文/山崎伸子】