『カラスの親指』の阿部寛「みんなの前で恥をかくことがすごく楽しい」
2012年も阿部寛の絶好調ぶりを改めて確認できた。『麒麟の翼 劇場版・新参者』の刑事・加賀恭一郎役、『テルマエ・ロマエ』のローマ人・ルシウス役は、彼にとってまさに当たり役となったが、11月23日(祝)より公開される『カラスの親指』では、詐欺師・武沢竹夫役として、また新たな一面を見せてくれている。阿部にインタビューし、役者としての今について話を聞いた。
原作は道尾秀介の同名小説。阿部が扮するタケこと武沢は、テツこと入川鉄巳(村上ショージ)とコンビを組んで小銭を稼ぐ詐欺師だ。ふたりはひょんなことから美人姉妹とその恋人と同居することに。この5人の奇妙な共同生活と、詐欺の大勝負の行方がスリリングに描かれる。
初共演の村上について、阿部は「つかみどころがない人でした」という。「良い加減な時と、すごく真剣な時と両方がある。あまり役者さんにいるタイプじゃないです。その時の気持ちで、役を生きてらっしゃる感じでしたが、自分をコントロールもできる。芸人だからしゃべるんだけど、すごく礼儀正しいし、現場の雰囲気を壊しちゃいけないという遠慮とかもされていました。いつも一生懸命なので、一緒にやっていて気持ち良かったです」。
タケ役については、いつもと少し異なるアプローチの仕方をしたそうだ。「なるべく力が抜けた感じにやっていこうと思いました。『あんたさ』とか言いづらいセリフが多かったのですが、それを自分流に直してしまえば、結局、自分に近づいてしまうから、あえてそのままでいこうと。そういう意味では、今まであまり見たことがないような存在の仕方ができたかなと思いました。これまでは過激に役作りをすることが多かったけど、今回はタケとして普通にそこにいたのを切り取ってもらえたのが嬉しかったです」。
近年の阿部の活躍ぶりから、役者として脂がのっている様子がうかがえる。阿部は「自分の中で新たなハードルを作ってやっていく方が好きなんです」と語る。「今年、シェイクスピアの舞台『シンベリン』を、50歳前にして初めてやらせていただいた時、あの『愛してる!』といったセリフを、今の自分が言えるかな?と思っていました。実際、普段やったことのない芝居でしたから、どっちに行ったら良いのかも全くわからなくて。すごく恥ずかしかったんです。ただ、そういうものを超越し、恐れをなさず、みんなの前で恥をかいていくことがすごく楽しくて。全てを捨てて、素っ裸になって作っていくことができたから」。
でも、これほどの人気を確立した阿部が、そんな怖いもの知らずのスタンスを取れるのはなぜなのか?「それは、僕は今まで映画で賞などを獲ってこなかったからじゃないかな。アカデミー賞とかを獲れば、下手な仕事はできないなとか思ってしまうかもしれないし。賞と無縁だったから身軽だし、まだ遊べるというか、失敗しても全然良いんじゃないかと思えるんです。名前が売れると、いろんなものを背負わなければいけなくなるけど、俺はそういうものを全部はぎとられるところへ行きたい」。
大事にしたいのは、身軽さだという。「年も年だし、どうしたって守りに入ろうとするんです。今は家族や守るものもたくさんあるし。でも、役者は、自分を自分で守っては駄目なんじゃないかと思うんです。怖いのは、役者としてすごく認められた時、防衛本能が働き、作品を選んだりする人間になってしまうことです。それって面白くも何ともない。二十何年ぶりに、『UOMO』の表紙をやってモデルに戻ったんだけど、その時は防衛に入りそうでした。格好良くいたいと思ってしまって、危ない、危ないと(苦笑)。今の俺、役者の俺には必要ないのにね」。
だからこそ、毎回出演する作品の色を変えていく。「格好良い役をやった後は、くだらない役をやって自分を蹴落とし、でも、面白い人でいることに満足したくないので、普通の役をやったりする。バランスを取っていくのが難しいんです。あいつ、外見も格好良いし、生き方も格好良いと言われる人って、俺から見れば決して格好良くないと思うから。そういう罠にはまらないようにしたい」。
阿部寛が、毎回いろんなキャラクターとしてスクリーンの中で生きられるのは、守りではなく、常に攻めの姿勢を貫いているからだ。その生き方こそが最高に格好良いから、観客は彼を見続けたいと思う。今年、最後の主演映画『カラスの親指』を見ても、そのことが十分に実感できる。【取材・文/山崎伸子】