本木雅弘、声優を務めた『ライフ・オブ・パイ』 で「自分の価値観を揺さぶられた」
本木雅弘が、名匠アン・リー監督の『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』(1月25日公開)で、実写洋画の日本語吹替に初挑戦した。本作は、ブッカー賞に輝いたヤン・マーテルによる同名小説の映画化作品で、アン・リー監督にとっては初3D映画となった。本木にインタビューし、本作に懸けた思いを聞いた。
洋画は日本語吹替版ではなく、字幕版で見る方だという本木。本作に参加した理由を尋ねると、「アン・リー監督を間近で見てみたかったので」と答えてくれた。「僕は監督のファンの一人です。最初に20世紀フォックスの方が、『こんなキャスティングはどうでしょう?』と、監督に勝手な提案をしてくれたのですが(笑)、意外にもアン・リー監督が『Departures(『おくりびと』英題)』(08)のことを覚えていてくださり。一緒に仕事ができたらと、急展開に話が進んだんです。たまたま僕はその時、ロンドンにいましたが、どこでも行きます! 録音可能だということでお受けしました。ああ、出会いってこんな風に転がってくるのか、と思いました」。
その後、映画を見た本木は、そのクオリティーの高さに感嘆したという。「その手腕に敬服したというか、また職人技を見せられたなと。アン・リー監督は、どんなに傾いた背景を持った役柄でも、確実にお客さんをその役に急接近させてくれるんです。『ブロークバック・マウンテン』(05)や『ラスト、コーション』(07)だって、自分たちの生活の中にはありえない設定だけど、何かわかるなと共感できる部分がありますよね。ある種、批判的な目線や冷静さを保ちながら、ぐっと個人の人生に寄り添ってくれる、温もりも持ち合わせていて、すごくバランス感覚が良いんです。ある日本の映画監督が、『アン・リー監督は、あえて困難なものを選ぶ傾向にある。今回の特異な物語と3Dへの挑戦がそれだ』と語っていましたが、その通りだと思います」。
本木が声を当てるのは、成人した主人公パイ・パテル役だ。彼は16歳の時、家族が経営する動物園の動物たちを乗せた貨物船で遭難する。ただ一人生き残ったパイだが、その後、救命ボートでトラと漂流する羽目になる。「サバイバルストーリーか冒険物、最初は子供と行く映画かな?と思って、原作も何も読まずにふっと見たら、自分の安い先入観が恥ずかしくなりました。自然に3Dのリアルで立体的な映像に引き込まれ、いつしか自分も心の漂流をしながら、映画に入り込み、最終的に別の真実を突きつけられることで、自分の価値観を揺さぶられました」。
心の漂流というのは印象的なキーワードだ。「誰もが自分という人生を漂流しているって感じるでしょう。自分は仕事柄、もともと自意識過剰で、体裁のなかで生きているというところがあるので。正直、体裁も上手く使いこなせれば良いだろうというネガティブな部分があります。でも、そういうものが一切通用しない、もしもそういう目に遭ったら、いったいどんな自分が飛び出すのかなという興味が煽られ、変にハラハラしました」。
では、仮にパイと同じような状況に陥ったらどうするのか?という質問を投げてみた。「僕は、結論を出すのに時間がかかるタイプです。開き直ってからは動くのが早いし、大胆なんですが、そこまで行くのにじくじく悩む時間が多い。たぶんグズグズしている間にパクリとやられるでしょう(苦笑)」。
ジェームズ・キャメロンも絶賛したという3D映像については、「これだけ新しい技術を使って見ているのに、ちゃんと物語の余韻が最後に残るところがすごい」と太鼓判を押す。「奥さんも一緒に見たんですが、泣きっぱなしでした。恐らく、今現在見ることができる3D映画の最高峰だと思います。映像技術をひけらかすのではなく、物語にピタッと重なり、臨場感を盛り上げるという一番理想的な形です」。
第85回アカデミー賞に作品賞を含め11部門にノミネートされ、熱い視線が向けられている『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』。革新的な映像美で綴られるアン・リー監督の冒険物語に、本木雅弘がどんな息吹を吹き込んだのか? 日本語吹替版も実に気になるところだ。【取材・文/山崎伸子】