新海誠監督が風景の美にこだわる理由とは?
『秒速5センチメートル』(07)、『星を追う子ども』(11)など、見るものを圧倒する風景描写と共に、人々の心の距離と絆を描いてきた新海誠監督。最新作『言の葉の庭』(5月31日公開)では、雨をモチーフに15歳の少年と27歳の女性の恋を鮮やかに表現している。一つ、一つ、丁寧に描かれた雨のイメージは、まるでスクリーンから匂い立つようだ。観客を2人の恋物語へと誘い、たっぷりと魅了してくれる。そこで新海監督にインタビュー。風景に込めた思い、そしてもの作りへの情熱に迫った。
「ものすごくこだわった雨の描き方をした」と力強く語る。「今回はまず、雨宿りの話を作ろうと思ったんです。それならば、雨がキャラクターの一つというくらいに存在感を持たせないと駄目だと。2人のミニマムな関係を、雨が取り囲んでいるというものにするうえで、ビジュアル的にも雨にバリエーションをつけなければと思いました。そして、2人の関係性の変化をも象徴するような雨の描き方にしようと」。
水溜りに反射する雨、新緑に映える雨など、その細やかな表現に驚かされる。「これまでにやっていないようなソフトウェアの機能や、絵の描き方にチャレンジした」と明かすが、最も大事なのは「イメージすること」だと続ける。「たとえば、天気雨の雨は、差し込んだ日差しによって、雨がキラキラと光って見える。それは技術的に難しいというよりも、その状況を頭の中でイメージすることの方が難しいと思うんです。キラキラさせようとか、地面から水蒸気が立つようにしようとか、そういう思い付きが大事なわけで。それさえあれば、あとは力を持ったスタッフがいますから、みんなで試行錯誤しながら組み立てていけば良いわけです」。
新海ワールドの大きな特徴は、それぞれが自身の記憶や感情までを揺さぶられるような風景描写だ。どのような思いを込めて、風景を描いているのだろう。「美術監督やスタッフの異様な頑張りというものが、この画面につながっていると思います(笑)。風景を描く時には、現実より現実らしく感じられて、そして美しく、印象的でなければ絵で表現する意味がないと思っていて。1カット、1カット、色々なスタッフが描いていますが、『自分はこの風景をこのように解釈して見ている』と、みんなが主観を投影している。景色に対する思い入れが過剰に出た作品が、『言の葉の庭』ですよね。これはちょっと重い食べ物だなと(笑)。でも、それぐらいあふれるものがあった方が、良い作品になるんですよ。サラッと見られてしまうものより、『どうだ!』という積み重ねが、すごく気持ちの良い重みになると思います」。
さらに、こう胸の内を教えてくれた。「僕は田舎で育って、人がいない風景というのが好きだったんです。電車の窓から毎日変わる風景を見たり、星空を眺めて、自分を励ましたりもしていて。10代の頃って悩みにぶつかった時に、それぞれ色々なことをすると思うんです。僕は星を見て、こんなに大きな宇宙の中で、『テストの結果なんて、まあ良いか』と思ったり、好きな人に彼氏がいるとわかった時も、『まあ、他にもいるだろう』と思ったりしていて(笑)。風景に元気付けられてきたという思いがあるので、同じように、『風景って眺めるだけで力になるものだ』と思ってもらえるものを作っていきたいんです」。
タカオは、靴作り職人という、もの作りを志す少年だ。そこに自身の投影はあったのだろうか。「僕はタカオのような高校生では全くなかったんです。何をやりたいかも、はっきりしていなかった。むしろ、自分自身を投影しているのはユキノで、自分の27歳の頃のことを思い出しながら造形しました。僕が仕事やプライベートに行き詰っていたのが、27歳の頃で。色々とうまくいかないし、もやもやとしたものを何らかの形にして出さなければと、アニメーションを作り始めたのも27歳でした」。
迷いのなかで見つけたのが、アニメーション制作の道だった。本作には、もの作りに向き合う人へのメッセージも込められた。「タカオの『靴を作ることだけが、俺を違う場所に連れて行ってくれる』というセリフがありますが、僕も含めて、アニメーションを作っている人なら、アニメーションを作ることで、自分はもっとその先の世界に行けるかもしれない、もっと美しいものが見られるかもしれないと思っているわけで。そんな風に、自分の好きなことに真剣な望みを託して、向き合っている人はたくさんいると思うんです。タカオを通して、そういう行為が『美しいものだな』と思ってもらえたら嬉しいですね」。
真っ直ぐに生きようとする登場人物たち。1カット、1カットに魂を込める姿勢。新海監督の作品からいつも感じられるのは、その誠実さだ。「僕自身は、誠実ではない部分もあるんですよ」と照れ笑いをのぞかせた。「だからこそ、必死に生きて、必死に人に気持ちを伝えようとする人たちを描いているんだと思うんです。そういうことへの憧れなのかもしれません。ただ仕事に対しては、誠実であろうと思っていますね。自分自身を説得できる作品。これだけの力を費やす、色々なものを犠牲にするだけの価値があるんだと心から信じられる作品を、毎回作り続けていきたいなと思っています」。
穏やかで、優しい笑顔のなかに、もの作りへの情熱がキラリと光る。さらなる進化を遂げた新海ワールド『言の葉の庭』で、是非ともその熱き思いに触れてもらいたい。【取材・文/成田おり枝】