オスカー最有力候補のブルース・ダーン、『Nebraska』のアレクサンダー・ペイン監督をイジりまくる!
第66回カンヌ国際映画祭で絶賛され、主演のブルース・ダーンが主演男優賞を受賞した『Nebraska』(全米11月22日公開)が第51回ニューヨーク映画祭で上映され、ネブラスカ州出身のアレクサンダー・ペイン監督、ブルース・ダーン、ジューン・スキッブ、ウィル・フォーテが記者会見に臨んだ。
ペイン監督は、家族の再生を描いたドラマで、アカデミー賞にもノミネートされたジョージ・クルーニー主演作『ファミリー・ツリー』(11)で2年前にも同映画祭に登壇している人気監督だが、今回はカンヌで主演男優賞を受賞した御年77歳のブルースが登壇することもあり、メディアの関心の高さは前作以上。劇場に入れない記者もいたほどで、上映後は拍手が鳴りやまなかった。
全編モノクロの今作は、足元がふらつき、痴呆も始まった頑固一徹な父親ウディ・グラント(ブルース・ダーン)がジャンクメール(迷惑メール)で100万ドルの宝くじに当たったと信じ込み、息子デビッド(ウィル・フォーテ)とともに家族で住む米北西部のモンタナから、故郷である米中西部のネブラスカ州の田舎まで旅する様子を、実に暖かくコミカルに描いたロードムービーだ。
ペイン監督は製作の経緯について、「僕が最初に脚本を読んだのは2003年頃でしたが、『サイドウェイ』(04)を手掛けていたので、しばらくロードムービーはやめようと思っていました。まさに機が熟したのでこの作品に取り掛かったのですが、撮影直前にボブ・ネルソンの当時の脚本をほんの少しだけリライトしただけで、オリジナルをほぼそのまま使用しました」と語り、白黒映画にした理由については、「直感ですね。脚本を受け取った時に、白黒で撮ろうと思いました。白黒映画は美しいし低予算で済むので、いつでも白黒で撮りたいと思っているんです。また今作では、90ページしかない短い脚本を見て、ジム・ジャームッシュ監督の初期作品や、故・今村昌平監督の『にっぽん昆虫記』(63)、『“エロ事師たち”より 人類学入門』(66)のことも思い出しました」と、日本映画にもインスパイアされていたことを明らかにした。
かれこれ30年以上主役を演じていないブルースは、「娘(ローラ・ダーン)が出演したペイン監督のデビュー作『Citizen Ruth』(96)を見た時、彼と一緒に仕事をしたくない俳優はいないだろうって思ったよ。彼は、皆が見たいと思う映画を作る監督なんだ。とてもワクワクしてスリリングだった。最初に脚本を送ってくれたとき、俺は茫然としたよ。何故なら、当時の俺のレベルではこの役を演じられるなんて、誰も思っていないはずだと思ったからだ。でも俺は、翌日トイザらスで小さなトラックを買って、ペイン監督に『ウディをうまく演じられる思う』って書いて送ったんだ、それが9年前のことだ」と語った。
コメディアンで、息子のデビッドを演じたウィルも、「こんな大役を頂いたのは初めてなので、最初はとにかく緊張していました。でも、ペイン監督のおかげでそんな緊張感もすぐにほぐれました。ブルースもジューンも同様で、寛容と忍耐の心で僕を(役者として)育ててくれましたし、人生でこんな素晴らしい経験ができるなんて思ってもいませんでしたね。僕の家族は映画の中で描かれる家族と全く似ていませんが、何らかの関連があり、共感できました」と賛同し、父子役で息の合ったところを見せた。
またペイン監督作『アバウト・シュミット』(02)でジャック・ニコルソン扮するシュミットの妻役を演じ、今回はコミカルでおちゃめなウディの妻ケイトを演じたジューンも、「彼の撮影現場は、まるで家族と一緒にいるみたいに暖かさに満ち溢れているの」と監督を絶賛。ウディの頑固さやわがままに憤慨しながらも旅に付き添い、生まれ故郷で賞金が当たったことをかぎつけてお金をせびりに来た知り合いに「Fuck you!」と言い放つなど痛快な演技で会場の笑いを取り、メディアから演技を絶賛されると、「私もブルースと同様に、この年でこんな役を演じられるなんて本当にラッキーだと思っています。この年齢では、あれもこれもやっちゃだめみたいなのがあるし、特に女性にはこんなチャンスがそうあるとは思わないから」と、監督に感謝の意を示すとともにべた褒めし、ペイン監督が顔を赤らめる一幕もあった。
さらにブルースによる監督への賛辞は続く。「僕は、エリア・カザン監督やリー・ストラスバーグと仕事をしたくてこの世界に入った。だけど、自分流の演技(ジャック・ニコルソンがブルースの専売特許と名付けたブルースお得意の即興演技)は、55年間の役者生活の中でそんなにできていないんだ。でもペイン監督は、一緒に映画を作るタイプの監督で、演技ではなく、できるだけリアルに、ナチュラルになることを求めていて、それをやってくれって言われたんだ。カウボーイのような決まった役を演じるよりも難しかった。もっとも、ウディの生まれ故郷での撮影では、いつも周囲に2、3人の俳優じゃない人(役者ではなく地元の人を採用した)がいて、彼らと一緒だととても演技なんかできなかったけどね(笑)」と言って周囲を笑わると、役者が本業ではないウィルがすかさず、「『役者じゃない人』っていうのは、やめてもらえますか(笑)」と言い返し、会場は大きな笑いに包まれた。
ブルースに「忍耐の人」と言わしめたペイン監督は、静寂、感情の盛り上がり、おもしろさといったすべての要素を持ちあわせた同作のバランスやトーンについて問われると、しばしの沈黙の後、「人生は自分の周りにあるもので、ドラマティックであり面白くもあり、何が起こるかわからない。つまり答えはないんです。少し複雑な要素を加えたかったという以外には、自分の嗅覚に従って撮ったので、申し訳ないのですが明確な答えができませんね」と低姿勢で回答。『ファミリー・ツリー』同様に、スタッフが家族のようになったという本作もまた、ペイン監督の謙虚で温かい人柄がそのまま反映された作品に仕上がっている。
作品賞、監督賞、主演男優賞などでオスカーレースに参戦するのは間違いなしと言われている本作だが、『栄光の季節』(82)ではベルリン国際映画祭男優賞を受賞するも、1978年の『帰郷』で同助演男優賞にノミネートされた以外、オスカー無冠のブルースが、77歳にして初の栄冠を手に入れられるのかにも注目が集まっている。賞レースの行方がますます楽しみになってきた。【取材・文/NY在住JUNKO】