【NY映画祭レポート後編】ポール・トーマス・アンダーソン監督最新作、気になる現場の雰囲気は?

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【NY映画祭レポート後編】ポール・トーマス・アンダーソン監督最新作、気になる現場の雰囲気は?

現在開催中の第52回ニューヨーク映画祭でお披露目されたポール・トーマス・アンダーソン監督最新作『Inherent Vice(原題)』は、12人が記者会見に参加するという前代未聞の出席率が示すように、撮影現場も非常に自由な楽しい雰囲気だったという。

「本当に自由だったと思う。それと同時にカオスという感じでもあった(笑)。自分が何をするか、知る必要がないって状況がたくさんあったからね」とオーウェン・ウィルソン。彼の妻役を演じたジェナ・マローンは、「ホアキンと私は、最初の5分間ただなんとなくいちゃついていたりしてたわ。撮影現場は自由すぎて、なんだかわけがわからない状態になっていたけれど、それはロジカルなプロセスに基づいた混乱なの。アンダーソン監督は、演じる前に私たちとたっぷり役作りについて話をしてくれて、その後は自由に演じさせてくれるっていう意味よ」と嬉しそうに語ってくれた。

「自由にはリスクも伴うけれど、偉大な監督と仕事をすると最後の決断は編集室で行われて、最高なものになることがわかっているので、守られているという安心感がある。だから僕たちは様々なカラーのエレメントを取り入れることができて、それがこの作品をバラエティに富んだものにしていると思う」と監督を持ち上げるマーティン・ショート。

するとサーシャ・ピーターズがすかさず、「短いシーンでも、何十テイクも撮るから1日がかりだったの。でも色々なバージョンを演じられて面白かったわ。監督にパラノイアの世界に引きずり込まれたっていう感じかしら」と、厳しくも楽しい撮影現場の舞台裏を暴露すると、「即興もある程度はあったのよ」と、アンダーソン監督の私生活のパートナーのマーヤ・ルドルフがそれとなくフォローした。

またドックの弁護士サンチョを演じたベニチオ・デル・トロは、「ホアキンとのシーンで、机に向かって話しているところから車に向かうシーンひとつとっても、ダンスを踊っているみたいに軽やかで本当に楽しい現場だった」と語り、ホアキンに話を振った。しかし、ホアキンはかたくなにしゃべることを拒否し、今回の記者会見では一言もしゃべらなかった。そのホアキンに代わって、元彼女のシャスタを演じたキャサリン・ウォーターストーンは、「ホアキンとジョシュ(・ブローリン)のシーンで、監督が興奮した感じで身を乗り出して、『そうそう!そういう感じ』って嬉しそうに映画を撮っている現場にいられるたのは、とてもラッキーだった」と当時を振り返った。

メディア嫌いで知られるホアキンの、なんともサイケデリックな演技はこれまで以上のピカイチ。今年もオスカー候補者として名を連ねている。しかし、昨年、暗い劇場内にサングラスで登場した同映画祭の記者会見とほぼ同じで、今年はサングラスはかけていないものの、服装は同じ黒いジーンズにトレーナー姿。さらに、昨年はキャストや監督へのジョークなどで少しは言葉を発したが、今年はキャスト全員に対して、「何か即興の演技はあったか」の問いがあったにも関わらず、ホアキンだけは頑なに口を閉ざし、40分以上にわたる記者会見で一言も発言しないまま席を立った。このような態度は、残念ながら高齢者の多いアカデミー会員たちには大きなマイナス要素となるかもしれない。

しかし、昨年公開された『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』(13)の記者会見で、あのコーエン兄弟ですらも、「今後はデジタル映画を製作することになるだろう」と語っていたにも関わらず、35mmで同作を製作したことについて、「これが僕のやり方で、少しでも本来の映画製作を続けたいと思っているだけだ。(デジタルだけというのではなく)双方に道は残されているはずだ」と古き良き時代の映画にオマージュを捧げたアンダーソン監督のこだわりは、アカデミー会員たちにとってプラス要素となるはずで、作品賞の候補として期待がかかる。

ジョシュ・ブローリン演じるロス市警のビッグフットが、故坂本九の「上を向いて歩こう」の曲が流れるロスの食堂で怪しい日本語をしゃべるシーンなど、アンダーソン監督のこだわりがちりばめられたシーンが多数存在する本作。ジェットコースターのようなストーリー展開もあいまって、幾度となく劇場に足を運びたくなることになること間違いなしだ。【取材・文/NY在住JUNKO】

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