キム・ギドク、衝撃作『メビウス』は「“性器の旅行”を描いた作品」
“衝撃作”とは聞き慣れたフレーズだが、鬼才キム・ギドク監督作『メビウス』(12月6日公開)こそその名に値する、かなり過激な1作だ。『嘆きのピエタ』(12)で壮絶な母と子の物語をえぐり出し、第69回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞に輝いたのも記憶に新しいキム・ギドク。今回はさらに禁断の域に踏み込み、ある家族に起きた悲劇を、全編セリフ無しで活写した。来日したキム・ギドク監督にインタビューし、興味深い撮影秘話について話を聞いた。
まずは、セリフを一切排除したアプローチ方法について聞いてみた。「今までにも、『魚と寝る女』(00)や、『悪い男』(01)、『春夏秋冬そして春』(03)など、セリフの少ない映画はあったんです。でも、今回は主演を含め、助演、端役、エキストラに至るまで、すべてのセリフを排除しました。それは、行動や表情でドラマを理解できるのか?という挑戦をしてみたかったからです。セリフがないことで、映画を見た人が自分なりにセリフを考えていくというのも興味深いと思いました。むしろその方が真実を伝えられるってこともあるんじゃないかなと」。
それにしても、思わず固唾を呑むような設定だ。浮気をしている夫への嫉妬に狂った母。夫へ向けられるはずの刃は、あろうことか、息子の性器へと向けられる。母に性器を切断されてしまった息子と、そのことを知った父親の苦悩が、赤裸々に描写されていく。
目を背けたくなるように痛いシーンだけではなく、切り取られた性器が無残にもトラックに轢かれてしまうといった、失笑ギリギリのシーンもある。「あのシーンは、男性にとってはかなり激しい痛みを感じるシーンだと思います。もちろん、性器は作り物ですが、本当に上手くできていたんです。実は動くようにもなっていましたが、あまりにも動きがリアルなシーンは、本国の映倫の審査では『削除してください』と言われました」。
さらにその性器も、あるスタッフの性器を実際にかたどって作ったものだったそうだ。「現場では、笑いながら撮ったシーンもありましたが、あまりにもスケジュールがタイトだったので、笑っている時間もそんなにはなかったです」とキム・ギドク監督は苦笑い。
また監督の口から「僕は『メビウス』について、性器の旅行、“ペニス・ツアー”というふうに表現しています」というなんとも大胆なキャッチフレーズが。「私は男なので、男としてペニスとは何か?単にセックスをするための欲望の道具というだけではなく、もっと広い意味があるはずだと思ったのです。ある意味、ペニスは家族かもしれないし、人類をいままで結びつけてくれたひとつのカギでもあります。単に欲望だけではない、違う意味があるってことを語りたかった。そういう意味でも『メビウス』はひとつにつながっていますが、どこかで淀んでいることもある、といった意味も込めました」。
次回作『ONE ON ONE(原題)』(14)を含め、これまで20本もの映画を撮ってきたキム・ギドク監督。彼が常に撮りたいと思うモチーフは「人間として生まれて、人生を生きていく中で感じたこと」だと言う。「私が気になっていること、自らの欲望、社会的、政治的な状況、普遍的な人間の語り尽くせない悲しみを、映画のなかで問いかけたいという思いから、私は映画を撮っています」。
一切、セリフはないのに、母、父、息子の慟哭がしっかりと語られている『メビウス』。言わずもがな、かなりヘビーな1作だが、覚悟を持って映画館を訪れてほしい。【取材・文/山崎伸子】