熟年夫婦の味わい深い人生模様を描く『60歳のラブレター』―No.10 大人の上質シネマ

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熟年夫婦の味わい深い人生模様を描く『60歳のラブレター』―No.10 大人の上質シネマ

長年連れ添った熟年夫婦が“ラブレター”を交わす――。

とある銀行の応募企画として2000年にスタートした“60歳のラブレター”企画。団塊世代には気恥ずかしさが先に立つのではと思いきや、これまでに累計9万3636通もの応募があったという。応募された作品はNHK出版より書籍化もされるなど、大きな社会的反響を呼んでいたのだが、ついに5月16日公開の『60歳のラブレター』で、なんと映画化を果たした。

このラブレター企画を知っている人の多くは、今回の映画を夫婦の有難みを説いた予定調和な感動作と思っていることだろう。だが、意外(!)にも、薄っぺらい“お涙頂戴もの”にはなっていない。それはひとえに劇中に登場する3組のカップルそれぞれの“キャラクターの掘り下げ方”が秀逸だからだろう。

劇中に登場する主なキャラクターは、定年を機に熟年離婚を決断した橘孝平(中村雅俊)とその妻・ちひろ(原田美枝子)、ビートルズが縁で結ばれ今は魚屋を営む松山正彦(イッセー尾形)とその妻・光江(綾戸智恵)、出世コースから外れた男やもめの医者・佐伯静夫(井上順)と彼に海外医療小説の監修を依頼する翻訳家・長谷部麗子(戸田恵子)という3組のカップル。いずれも団塊世代の共感を誘う、ありがちな設定であるのだが、いかにして彼らがその関係を築いてきたかを表現する、人生のバックボーンのディテールが実に豊か。単にキャラクター設定だけでなく、登場するエピソードのひとつひとつに説得力があることに唸らされる。

例えば、孝平とちひろの場合。離婚後、ひとり娘の出産で再会した彼らが車中で2人きりになる場面がある。いざ男と女に戻ってしまうと、会話がない。気まず〜い沈黙のシーンがまた“不自然”に長い。また、正彦と光江が糖尿病の検診で医者から運動の必要性を説かれ、性生活を聞かれた際に言いよどむ場面や、静夫の思春期真っ只中のひとり娘を介して麗子と初めて食事をするシーンでの、会話のちぐはぐさもまたしかり。そうした熟年カップルの間に流れる“空気”が、絶妙な間で表現されているところに、本作の演出の妙があるのだ。

“60歳のラブレター”と聞いて、熟年層の恋愛映画という先入観を持っていたとしたら、あまりにももったいない。三組三様のエピソードは、ラブレターというキーワードから連想させる“甘さ”よりも、味わい深い人生そのもの。人生の経験を積み、プライドを築き上げてきた“大人”の男女だからこそ、これまでの自身の恋愛と人生を振り返り、身にしみて味わうことのできるできる一本だ。【ワークス・エム・ブロス】

■『60歳のラブレター』は5月16日(土)全国ロードショー

【大人の上質シネマ】大人な2人が一緒に映画を観に行くことを前提に、見ごたえのある作品を厳選して紹介します。若い子がワーキャー観る映画はちょっと置いておいて、分別のある大人ならではの映画的愉しみを追求。メジャー系話題作のみならず、埋もれがちな傑作・秀作を取り上げますのでお楽しみに。
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