河瀬直美監督が語る、樹木希林の賢さと内田伽羅の魅力
第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門でオープニング上映された『あん』(5月30日公開)の河瀬直美監督にインタビュー。穏やかな関西弁が印象的な監督だが、あの樹木希林に舞台挨拶で「現場では有無を言わせない」と言わしめたとおり、常に確固たるビジョンを持つ、男前な監督である。河瀬監督に、樹木希林や内田伽羅との撮影エピソードについて話を聞いた。
原作は、河瀬監督の『朱花の月』(11)にも出演したドリアン助川の同名小説。小さなどら焼き屋で、粒あん作りを任された老女・徳江(樹木希林)と、雇われ店長の千太郎(永瀬正敏)、店の常連である中学生のワカナ(内田伽羅)の交流を通し、根源的な差別問題を問いかける感動作となっている。
ドキュメンタリー出身の河瀬監督作は、役者の演技を映し出すというよりも、作品の世界で生きる登場人物の人生を、そのまま切り取るような印象を受ける。今回も、ベテラン女優である樹木や、永瀬はもちろん、内田の生き生きとした自然体の表情が、観る者の心をとらえて離さない。
キャスティングについては「オーディションで目を見て、この人だったら絶対に逃げないとか、何があってもいっしょにできると思えるかどうかを見極めます。いままで、そのことで間違いはなかった」と言い切る。
たとえば、第50回カンヌ国際映画祭カメラ・ドール(新人監督賞)を受賞した『萌の朱雀』(97)の主演女優、尾野真千子もその1人だ。「当時は普通の村の少女だったけど、真っ直ぐな何かがあると思いました。また、経歴のある方なら、これまでの仕事の内容を見させていただいて、必ず1回は会ってお話をします。希林さんは、『朱花の月』で1日だけ出ていただきました。今回ドリアンさんといっしょにオファーしたら、引き受けてくださいました」。
河瀬監督は、樹木らベテラン役者陣に対しても、演出には全く容赦がないと聞く。その理由について「私がそうしたいというよりは、映画のためにそうした方が良いと思って言っているから、迷いがあまりないんです。でも希林さんが『なるほどね。私の言ってることは何も受け入れてもらえないのね』と、前半でおっしゃられたのは覚えていますが、後半ではなくなっていきました」。
樹木について「すごく器用で賢い方なので、全部わかってらっしゃるんだと思います」と賛辞を贈る。「だからこそ、自分の立ち位置を選ばれるし、毒舌を吐いても、馴染むんです。マスコミの対応なども素晴らしいですよね。私は、その辺がなかなかできないんですが、希林さんが『あなたが言うと嫌味っぽく聞こえることも、私が言えば大丈夫なの』と代わりに言ってくださる。自分をすごく客観視されている方です」。
樹木の孫でもある内田伽羅の最初の印象は「シュッとしてないというか、どっしりしている」というものだった。「どこか希林さんに通じるものがあったんです。最初にどら焼きを食べるシーンとか、いきなりガブっといって面白いでしょ(笑)。今回は、撮影を通して、確実にいろんなものを吸収していきました。(父親の)本木(雅弘)さんもあまり過剰に表現しない人ですが、あの血を継いでいますね。表現についてはまだまだプロじゃないけど、花が開くとすごいです。特に後半を見てください。永瀬くんもすごいけど、永瀬・樹木に挟まれながらも、存在感を発揮していますから」。
『あん』は、河瀬監督にとって、制作規模としては一番大きな作品となった。「希林さんや永瀬さんという経歴のある方を長期間に渡って拘束し、いっしょに作品を作れるという高揚と共に難しさもあったけど、技術スタッフにもコマーシャルの方たちに入ってもらい、作品のクオリティは確実に上がったと思います。いままでやってなかったことをたくさんやった映画となりました」。
そう語った河瀬監督の満ち溢れた表情が忘れられない。この監督、ひと言で言うなら、ひるみのない人だ。作品の規模は大きくなっても、スピリットはきっと今後も変わらない。そこがまた、たまらないと思った。【取材・文/山崎伸子】