江口洋介、『天空の蜂』で感じた父親としての思い
江口洋介は、常に“リア充”な雰囲気をまとったパブリックイメージがある。役柄によって輝く太陽となったり、闇夜を照らす月になったりはするが、観客はそういう輝きを期待してしまうのかもしれない。最新主演映画『天空の蜂』(9月12日公開)では、前代未聞の原発テロに立ち向かう設計士役を演じるが、今回の役どころはスーパーヒーローではない。ダメな父親像もにじませた役柄で、観る者を見事にテロの渦へと巻き込んだ江口にインタビュー!
『天空の蜂』の原作は1995年に東野圭吾が発表した同名小説。最新鋭で日本最大のヘリコプターが遠隔操作で乗っ取られ、原子力発電所の真上に静止させるという原発テロが勃発し、その危機に立ち向かう人々の攻防が描かれる。江口は、ヘリコプターの設計士・湯原役を、本木雅弘が原発の設計士・三島役を演じ、堤幸彦監督がメガホンをとった。
堤組に初参加となった江口。「テストはほとんど1回だけで、基本、本番も1回しか撮らないんです。人によるのかもしれないけど、テイク2はほとんどなかったです。なるほど堤組は、こういうやり方なんだと。どこまで台本のセリフを入れてきて、相手のセリフを聞いてからどう出るか。0コンマ何秒みたいな世界がスリリングでした。結果的には『面白かったです』と言っていますが、撮影中は必死でしたね」。
でも、現場では、堤監督が本作に懸ける情熱を感じとっていた。「こういう題材に堤さんが臨むというのは、いままでにない試みであり、これまでの堤ワールドとは違うものを作るという決意が、現場からも伝わってきました。デリケートな話だけに、相当なリサーチが必要だったけど、一緒にやってきたスタッフへの信頼感も含め、安定感は感じていました。堤さんだからこそ、この題材を、客観性をもって撮れたのかなとも思います」。
今回江口が演じる湯原は、設計士という知的な役どころだが、家庭では夫婦関係も親子関係も上手くいっていない、ダメな父親である。実際に子をもつ親として、江口は共感するところが多かったと言う。
「僕は世間のお父さんより、子どもに会う時間が少ないですし、それこそ作品に入ったら、なかなか会えなかったりもします。日常的にも自分の気分で怒ってしまったりもするし、決して良いお父さんではないです(苦笑)。これまで、いろんなヒーローものをやらせてもらってきて、いろんなイメージがついているとは思いますが、意外と日常なんてそんなもんじゃないかなとも思うわけで。本作では特に、社会派ではなく、ある種、普通の人の目線が大事だと思ったので、割りきってそこへ行きました。人間くさいところが良かったのではないかと思います」。
江口は本作で、飛んでいるヘリコプターから身を乗り出すという決死のシーンにもトライした。「衣装合わせの時に、堤さんから『今回CGも使いますが、ここだけはリアルでやってもらいたいです』と言われまして」と苦笑い。
「ちょうど、高さ的にも地球が丸く見え始める上空で、そりゃあもう、恐怖でした。扉を空けるんですが、扉1枚あるかないかで、ヘリコプターの音が全く違うんです。轟音なんですよ。それを長時間も撮影していました。本木くんとのセリフのバトルのヒリヒリ感や、カーアクションとはまた違う大変さでした。僕も以前、夜中の撮影で東京湾に飛び込んだりとか、色んな経験をしてきましたが、今まででいちばんすごい体験でした。上空で、周りにスタッフはいないし、どこにも頼るところがない怖さ。僕自身も極限状態でしたね」。
江口が見せる極限状態の表情がスクリーンにしっかりと焼き付けられているからこそ、観ている者も、テロに巻き込まれたような緊迫感にのまれていく。「あの場では誰一人逃げられない。映画じゃなかったら逃げているだろうけど、映画だからこそ、観ている人も逃げられない。まさに大事件を体感するという感覚の映画です」。
冒頭からクライマックスまで、息詰まるサスペンスが繰り広げられる『天空の蜂』。映画館で観ると、江口演じる湯原たちの心情にシンクロし、押し寄せる危機に胸が高鳴る違いない。2015年のいまだからこそ、劇場で体感してもらいたい快作だ。【取材・文/山崎伸子】