『岸辺の旅』黒沢清監督が語る深津絵里と浅野忠信

インタビュー

『岸辺の旅』黒沢清監督が語る深津絵里と浅野忠信

すでに映画監督として国内外の評価が高かった黒沢清監督だが、『岸辺の旅』(10月1日公開)が、第68回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」で日本人初の監督賞に輝いたことで、改めてその実力を世に知らしめた。黒沢監督にインタビューし、映画スターと呼ぶにふさわしい深津絵里と浅野忠信を迎えて撮り上げた本作の撮影秘話を聞いた。

『岸辺の旅』の原作は湯本香樹実の同名小説。深津演じるヒロイン瑞希が、3年間失踪した後、突然帰宅した夫・優介(浅野忠信)と共に旅をして、愛を深めていく。

いわゆるゴーストを描いた映画とは一線を画す本作。「ホラーというジャンルとは違うので、怖くする必要はないと思いました。優介はふっと現れたりするけど、その後は全く生きている人と変わりない。ものを食べたりもするし、一緒に旅にも出るわけですから。生きている側も取り立てて怖がらないというのが、大きな特徴だと思いました」。

とはいえ、瑞希と優介が旅先で出会う老人(小松政夫)が、あの世へ旅立った後、いきなりその場所が、朽ち果てた現実の世界に変貌するシーンが衝撃的だ。たとえば、老人が寝ていた枕は、生々しく頭の形のままくぼみ、染みができていて思わずゾッとする。

「あれは最初のエピソードですから、かなり思い切った表現にしました。怖くしたつもりはないのですが、若干怖さがあるかもしれないです(苦笑)。生者と死者、現在と過去と、いろんなものがかなり自由に入り混じる作品なので、それを見せるために、最初は強烈かつ大胆にいきました。すぐ横に死が迫っているという緊張感は常に残しておこうと思ったので」。

浅野忠信とは、『アカルイミライ』(03)以来のタッグとなった。黒沢監督は「浅野さんに出ていただけると決まった時点で、何のリクエストもしませんでした」と浅野に全幅の信頼を寄せる。

「浅野さんに、脚本を読んでいただいた時点で『何か演技がしづらいところとか、分かりにくいところとか、ありますか?』とお聞きしたんですが、『何もないですと』と言ってくださいました。優介として、どういうポジションでいれば良いのかを瞬時につかんでいらした。たぶん、映画というものが何かをわかってらっしゃるんだと思います」。

深津絵里とは初タッグとなったが「上手い方ですね」とうなる。「また、動きが素早いんです。動かないときは動かないけど、いざ動くとなるとさっと動く。運動神経が良いんでしょうね。やはり評価されている女優さんは、みなさんそういうところがあるかもしれないです。深津さんは驚きました。舞台をけっこうやられているというのも大きいと思いますが」。

本作では、夫婦の愛の本質が丹念に綴られている。夫婦の関係性について、黒沢監督はこう説く。「愛情から始まり、もちろん愛情が続くわけですが、お互いにどこまで信頼し合えるかという関係だろうと僕は思っています。100%相手を信じることができるかどうかです。相手の心のなかを完全に把握するのは難しいことですが、僕は、やはり愛情によっては、最終的に嘘や偽りなく、相手を信頼することは可能だろうと思っています。きっと、瑞希と優介もそれを求めていた。残念ながら死んだ後にそれを確認し合うことになってしまったけど、それからでも遅くはない。理想的すぎるかもしれませんが、それが夫婦の関係だろうと思います」。

ファンタジー的要素が強い『岸辺の旅』だが、どこか地続きで綴られるリアルな夫婦愛は、実に味わい深い。予断だが、黒沢監督自身の夫婦関係について尋ねた時、「上手くいっているつもりだと思っています」と、なんとも柔和な笑みを返してくれた。本作の着地点を観れば、すごくうなずけた。【取材・文/山崎伸子】

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