『エヴェレスト』平山秀幸監督が明かす、困難に満ちた撮影秘話
先日開催された「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2016」でオープニング招待作品として上映された『エヴェレスト 神々の山嶺』(3月12日公開)の平山秀幸監督にインタビュー。エヴェレストに負けない厳しい寒さとなったゆうばりで、困難に満ちた撮影の裏話を語ってもらった。
原作は、夢枕獏のベストセラー「神々の山嶺(いただき)」。これまで国内外で映画化オファーが殺到しながらも、スケールの壮大さから成立してこなかった小説だが、最初に映画化の話を持ちかけられた際には、どのような気持ちになったのか?
「山登りもやったことがなかったので、これは大変なことになるな…と思いましたね。でも、もし本当に参加するのであれば現地に行くしかないとは思いました」
実は「足場を三段、四段組んだらまったく動けなくなる」というほどの高所恐怖症だという平山監督。これまでの作品でも、俯瞰や高いところから見下ろすカットを入れていないほど、高所が苦手だったそう。
「高いところはダメだし、寒いところは嫌だしで、原作は苦手の塊。本音は最初、嫌だなと思ったんですよ(笑)。でも、そんな苦手を上回る“強さ”が原作にあったんですよね。だから、原作に対する仁義として、なんでもかんでも合成にしてしまうのではなく、高いところは高いところでちゃんと撮影して帰ってくる必要があった。やれるところまで、ギリギリまで頑張ってみようと思ったんです」
そこで、まずはシナリオハンティングで現地へ飛び、登山を試みたという。
「3800mくらいのところに行ったんですが、それで運良く“無事”だったんですね(笑)。だから次に進めた。すごろくではないんですが、一個一個ステップを踏んでいくような感覚なんです。それで“休み”になってしまえば、“休み”じゃなくて“終わり”。たまたま“終わり”にならず、少しずつ少しずつクリアしていくことができたので、最後は撮影場所に自分もいることができた、という感じでしょうか」
実際に目の当たりにしたエヴェレストの存在感には、とにかく圧倒されたという。
「これは、本当にその場に立ってみないとなかなか気持ちが伝わらないと思うのですが、すごいところだなと。空が青いというより黒いんですよね。黒黒としていて、まるで宇宙が透けているようでした。もちろん寒いし、空気も薄いけれど、仰ぎ見てしまう強さや神々しさがあって、神聖な気分になる。神様を信じているわけでもないのに、自然と背筋が伸びました」
そして、キャストと一緒に、10日間かけて高度順応しながら登り実際にエヴェレストの標高5200m級でロケを敢行。極限の世界での撮影には、技術的な困難も伴った。
「普通だったらカメラを据えて『よーい、スタート』で始まるものが、安全を確保する必要があるため、カメラを据えるだけで1時間くらいかかるんです。あと、山が大きすぎて、人物と風景の距離感がなくなってしまうんですね。合成に見えてしまう。人間と風景の間には空気の塊があるのですが、ものすごく大きいので距離がないように見えてしまう。でも合成じゃないんですよね。だから、レンズの使い方とか、ものすごく難しかったと思います。それに、風景のすばらしさに『すごいよな…でもこの風景をどうやって撮ればいいんだ?』って悩むこともしばしばでした。大きな山を収めるにはカメラをパンしないといけないけど、パンすると山の存在が弱くなるとか…簡単に見えて色々と大変なことがありましたね」
「山の天気は変わりやすい」とはよく言われるが、天候が変わって、映画撮影にはつきものの“天気待ち”もあったそう。
「2日目くらいに、マイナス20℃で30分くらい待ちましたね。とにかく寒かったんですが、みんな逆に『ヒマラヤで天気待ちなんてオツだね』ってくらいの気持ちでした(笑)。もちろん、機材を入れるテントの中に入って俳優さんに待ってもらって、熱いネパールティーか何かを飲みながらでしたけどね」
2015年4月25日には、M7.8のネパール大地震が起こった。撮影隊は4月上旬にロケを終えて帰国していたが、震災によって歴史的建造物やネパールの風景は失われてしまい、映画の中だけに残された。
「映画の中で使われたカトマンドゥの風景はほとんど崩壊してしまっているそうです。山も形が変わっていると思うとせつなくなりますね。地震があったからというせいにはしたくないですが、ネパール編はどのカットも切りたくないという思いがありました。あと、ネタバレになるので詳しくは言えないのですが、映画のテーマに“想う”ということがあるんです。この映画には、映画を撮った、参加した人たち、カトマンドゥもネパールの人たちも含めた、色々な人達の“想い”が詰まっていると思うので、それが観ていただいた方々にも伝わるとうれしいですね」
こうして無事に撮影を終え、完成した『エヴェレスト 神々の山嶺』。公開を控えた今の心境は?
「今でも『本当に行ったんだよな?ちゃんと証拠があるよな?』ってふと思うくらいなんです(笑)。一緒に行ったスタッフとも、酒でも飲んだ時に『よくやれたよね』って言い合って。この作品に携わらない限りあんな体験はできなかったなと思っています。エヴェレストというとんでもないところに行って、壮絶な自然の中に身を置く。とても良い経験をさせてもらったと思っています」【取材・文/Movie Walker】