『溺れるナイフ』は中上健次で読み解ける!?特別試写会&クロストークに山戸結希監督らが登壇

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『溺れるナイフ』は中上健次で読み解ける!?特別試写会&クロストークに山戸結希監督らが登壇

映画『溺れるナイフ』(11月5日公開)の「熊野大学presents試写会」と山戸結希監督らによるクロストークが、和歌山県新宮市にて8月5・6日に行われた。山戸監督が「最も影響を受けた作品」と語るジョージ朝倉の同名コミックを映画化した本作には、小松菜奈に菅田将暉、重岡大毅(ジャニーズWEST)、上白石萌音ら最旬キャストが集結。親の都合で田舎町に越してきたティーンモデルの夏芽と、触れたら切れそうなカリスマ性を持つ神主一族の跡取り息子・コウの青春を描く。新宮を思わせる“浮雲町”という舞台や、作家・中上健次の影響を強く思わせる作品であることから、映画のロケ地にもなった新宮市でのイベントが実現した。

「熊野大学」とは、作家・中上健次の名を冠し、出身地である新宮市で開催されてきたシンポジウム。浅田彰や柄谷行人、斎藤環や田中康夫、中森明夫らそうそうたる講師陣に加え、新芥川賞作家の村田沙耶香と山戸監督も講師として参加。24年目となる今回も、試写会のほか様々な濃密なプログラムが開催された。

ジストシネマ南紀で行われた試写会のプレトークには、山戸監督、脚本を務めた井土紀州、今回の上映のきっかけを作った文芸評論家の市川真人が登壇。「ジョージ朝倉さんの原作マンガはとても中上健次的な作品。ここ新宮や南紀を舞台にした少年と少女の青春ドラマでありつつ、中上を読んだ人が読めば、あちこちに中上の思想があちこちにある」と説明し「これはどうしても熊野でみなさんと観なければいけない映画だと思いました」と語る。山戸監督も「17日間の撮影を濃密に過ごしたこの地に来ると、血が沸き立つような不思議な土地の力を感じ、グッと体の芯が熱くなります。もし『溺れるナイフ』を観てくれた子が熱を受け取ってなにか表現してくれたら、きっとみんないつのまにか中上さんに出会ってしまうし、この土地の力が、波紋のように広がっていけばよいなと思います」と熱を込めた。

上映後には、村田が「今日の上映を楽しみにしていました。ここ熊野で観られたことがうれしいです」とコメント。その後の講義中に、浅田が「ペドロ・コスタ監督(の作品)よりいい」と本作に言及する場面も。試写を観た講義陣にとっても、刺激的な作品として映ったようだ。

8月6日には、山戸監督、井土、市川に村田も加わり、高田グリーンランドでクロストークが実施された。市川が「『溺れるナイフ』がどのような点で中上的かというと、全能感を失った若者がもう一度、立ち直れるかという“堕天”と“再生”の物語であること。都市に圧迫された田舎に生きる軋みも、中上が描いてきたもの」と解説すると、井土は「ジョージ先生は明らかに中上健次に影響を受けているが、山戸監督はそうでない部分に反応しているかもしれない。そこで僕は原作のエッセンスを拾い上げ、どんな役割を果たせるかを考えました」とコメント。山戸は「少女マンガの世界では、恋をしたら永遠に結ばれるけれど、ジョージ朝倉先生はもっと真実の世界を見ている。すべての女性の人生には、菅田さん演じるコウちゃんのように憧れを抱かせる男性と、あるいは重岡さん演じる大友のように等身大で自分を救ってくれる男性が存在する。けれど、憧れには終わりがあるし、等身大に甘んじていては自己実現が果たされない。ジョージ先生が描く、その選択と結末は、鮮烈でした」と分析した。

村田は自身の作品にもジョージ朝倉の影響があるそうで、「思春期の女の子をとことん書いてみたいと思った時、ジョージ先生の描く“場所に縛られる”ということに衝撃を覚え、影響を受けました。ジョージ朝倉先生のマンガを読んで、ずっとこういうものが読みたかったと思いました」と語ると、山戸は大きくうなずき、「ある世代にとって岡崎京子さんや安野モヨコさんがそうであるように、私にとってジョージ朝倉先生は“神秘”です。ジョージ先生が真摯に向き合われてきたテーマには、もうひとつ根源的なものがあって、それが中上健次さんだったのだと思います。『溺れるナイフ』が中上さんとつながって考えられることが、未来の中上読者としては楽しみで、新しい希望ですね」と、感慨深げな表情を浮かべていた。【取材・文=Movie Walker】

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