黒沢清監督が海外初進出作で試みた2種類の幽霊描写とは?
黒沢監督が初の海外進出を果たした映画『ダゲレオタイプの女』がいよいよ10月15日(土)から公開となる。国内外の映画祭で高い評価を受けてきた黒沢監督といえば、第68回カンヌ国際映画祭で『岸辺の旅』(15)が「ある視点」部門の監督賞を受賞したことも記憶に新しい。本作はオール外国人キャスト、全編フランス語で撮り上げた野心作ということで、その手応えについて聞いた。
“ダゲレオタイプ”とは世界最古の写真撮影方法のことで、被写体となるモデルは長時間器具で固定されたまま撮影中は身動き1つできない。タハール・ラヒム演じる主人公のジャンは、この手法で撮る写真家・ステファンのアシスタントだ。彼はモデルを務めるステファンの娘・マリーと恋に落ちるが、やがてある悲劇に見舞われる。
黒沢監督は、実際に東京都写真美術館で“ダゲレオタイプ”の写真を見てインスパイアされたそうだ。「前から興味があったので見に行ったら、写真は写真で面白かったのですが、横に展示されていた人体固定器具にも目が行きまして。これはゴシックホラーの賑やかし要素としていいなと思いました」。
本作は生きている人間と、生と死の間にいる人とのラブストーリーだ。「タハール演じるジャンは、恋人のマリーが生きているのか死んでいるのかよくわからなくなってくる。でも、同時に彼女をますます愛するようになる。そんな不思議な状況を、果たしてフランス人のタハールが理解できるのか?と思いました。そしたら彼はとてもよく理解し、ジャン役を微妙なさじ加減で丁寧に演じてくれました」。
ヒロイン・マリー役のコンスタンス・ルソーは駆け出しの新進女優だが、黒沢監督は「今回一番の収穫でした」と評価する。「以前から気になっていて、フランスでのオーディションに参加してもらったんです。そしたら彼女は大学で映画を学んでいて、なんと卒業論文が僕の『回路』(01)をテーマにしたものだったそうで!彼女に『黒沢監督と会えただけで光栄です』と言われてびっくりしました。本当に魅力的な女優さんで『今回黒沢監督の作品で演じることができるなんて夢のようです』と言っていました」。
これまで多数のホラー映画を手掛け、御年61歳となった黒沢監督は、生と死のとらえ方が変わってきたと言う。「この年になって、生きている今と死というものがつながっているんだと日々実感してきます。たぶん周りでもう死んでしまった知り合いがどんどん増えてきたからでしょう。2つの世界はつながっていると思えてならない。もちろん実際に死が迫ってきたらじたばたするとは思いますが、じたばたしない死もあるんじゃないかと自然に思えてきました。その価値観が今回の映画でもごく自然に反映されています」。
黒沢監督は『岸辺の旅』でも生者と死者がごく自然に交流するという物語を撮っている。「死者も人間です。一見生きている我々と何ら変わりなく見えるけど、実は死んでいる人間です。相手も人間ですから、怖いはずはないし、そう考えると基本的に生死の境目なんてないんだと思えてくる。最初に『ダゲレオタイプの女』でそういうことを描こうと思って進めていたら、その前に『岸辺の旅』の原作に出会ったんです」。
黒沢監督は2作がほぼ同じコンセプトだったことに驚いたと言う。「もちろん『岸辺の旅』も気持ち良くやらせていただきました。ただ、本作が本格的に始動してからは、少しホラー寄りに変更したんです。『岸辺の旅』をやった後すぐに全く同じようなものをやれないと思ったので。本当に偶然ですが、これも何かの巡り合わせでしょう。もちろん舞台や主人公の性別、年齢は違いますが、今回の映画における幽霊は、もう少し初心に戻りホラーめいた描写を強める方向にしました」。
本作では日本と西洋の幽霊描写の両方にトライしている。「四谷怪談など日本の古典的な怪談の場合、幽霊は最初は普通に生きている人間ですが、途中で死んで幽霊になります。こういう展開は西洋ではまずないし、近年の日本のホラー映画でもないです。『リング』の貞子だって、最初から幽霊ですよね。でも、本作ではどっちの幽霊も出てきます。お母さんの幽霊は最初からいる典型的な西洋の幽霊ですが、マリーの方は四谷怪談と同じ形式で、彼女は途中で死んで幽霊になるんです。今回はラブストーリーなので、愛し合う2人は一方が死んでからまた別の関係を築いていく。今回死に対していろんなアプローチを試してみたし、そこが最大のチャレンジでした」。
常に新しいことにトライしていく黒沢清監督。その結果、『ダゲレオタイプの女』は黒沢清監督作のなかでも純度の高いサスペンスホラーに仕上がった。【取材・文/山崎伸子】