孤高の天才・羽生善治と村山聖が結んだ「特別な関係」。「会いたい」と思い合った知られざる絆とは?
「東の羽生、西の村山」と羽生善治名人と並び称されながら、29歳の若さで亡くなった天才棋士・村山聖。彼の実話を描く映画『聖の青春』(11月19日公開)では、村山と羽生のライバル関係にもフォーカス。彼らが2人にしかわからない絆を育んでいたことが明かされる。森義隆監督と原作者の大崎善生にインタビューし、“天才同士の絆”について語り合ってもらった。
大崎のノンフィクション小説をもとに、病と闘いながら、将棋の道をまっしぐらに駆け抜けた村山聖の実話を描く本作。村山役を松山ケンイチ、羽生役を東出昌大が演じる。
最強のライバル関係を描く上で、森監督がキーワードとしたのが「孤独」だと言う。「天才性のある2人。天才とそこに及ばない人の差とはなんなのかと考えた時に、『いかに孤独に耐えうるか』ということだと思いました」。劇中では、彼らが盤を挟んで向き合う姿とともに、定食屋で一緒に笑顔で食事をするシーンも。「孤独な2人の魂が、盤面と、定食屋で少しでも交わるということを描きたかったんです」。
専門誌「将棋世界」編集長時代に生前の村山と交流のあった大崎は、実際の2人の関係性について「本当に尊敬し合っていた」と話す。「村山くんが亡くなった次の日に、羽生さんは(村山のいた)広島まで飛んでいるんです。密葬ということだったので、会えなくても、玄関払いでもいいから行きたいと。村山くんも羽生さんが大好きでね。亡くなる寸前に、村山くんは『どうしても羽生さんに会いたい』と病院を抜け出して、羽生さんのいる広島の解説場まで出向いているんです」。
さらに大崎は「孤独だけれど、お互いに自分のことを知り合えるただ1人の人だと思っていたのでは。羽生さんは孤高のタイプだけれど、村山くんとは心が通じ合っていたと思う。いまだに羽生さんは、村山聖様宛で年賀状を出しているそうです」と彼らの固い絆について、じっくりと語る。
棋士のせめぎ合いを見続けている大崎だが、彼らの間に流れる尊敬の念も、将棋の醍醐味だと言う。「将棋というのは結局、1人ではできないものなんです。村山が優秀であればあるほど、羽生はもっと優秀になれる。そういう関係性を作るなかで、尊敬し、信頼し合っていったんだと思います。自分がいくらいい手を発見しても、相手がそこまでついてきてくれないと、その手は消えてしまう。だけど、羽生にとって、村山はどこまでもついてきてくれる存在だった。ビシっといい手を表現して、時にはそれをしのぐ手を村山くんがやる。お互いに張り合いがあったと思いますよ」。
映画では松山と東出が、その特別な関係性を体現。森監督は、「のり移り方がすごかった」と“憑依”したようだったと述懐する。「松山くんが劇中でしていたネクタイは村山さんの遺品だし、東出くんのかけているメガネは、羽生さんが7冠を獲った当時のもの。本人が一緒に戦ってきたものと役作りできるというのは、フィクションとはまた違った“のり移り方”があった。精神的にもグッと本人になっていったと思います」。
大崎は「先日、王座戦を見に行って、12時間くらいずっと羽生さんの横にいたんだけれど、なんだか東出くんに見えてきちゃってね!」と羽生と東出が混ざり合って見えてしまったとか。森監督も「それくらいの“のり移り方”がありましたよね!」と楽しそうに笑顔を見せるが、東出の役作りについて、森監督はこんな話も教えてくれた。
「東出くんは、もともと羽生さんのファンなんです。現役でいまだにトップ棋士で、人類を代表する知性の人である羽生さん役を選ぶ時に、役者にとっては非常に荷が重いだろうなと思っていました。でも東出くんは、『好きなんです、やりたいです』というまっすぐな精神性で立ち向かってくれた。そうやって好きという思いで飛びかかっていってくれたことが、今回はすごく正解だったと思います。東出くんは、すごく器が大きくて、純粋で。本当に面白い役者です」。【取材・文/成田おり枝】