リチャード三世(1955):映画作品情報・あらすじ・評価|MOVIE WALKER PRESS 映画
リチャード三世(1955)
リチャード三世(1955)
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リチャード三世(1955)

1956年3月15日公開、161分、文芸
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「ハムレット(1947)」に続く、サー・ローレンス・オリヴィエによるシェークスピア劇の映画化。製作・監督はオリヴィエが担当し且つ主役のリチャード三世に扮している。脚色はアラン・デントにオリヴィエが協力し、協力監督はアンソニー・ブッシェル。撮影は「白人酋長」のオットー・ヘラー、音楽は「ハムレット(1947)」のウィリアム・ウォルトン。オリヴィエの他、主な出演者は「ロミオとジュリエット(1954)」のジョン・ギールグッド、「落ちた偶像」のラルフ・リチャードソン、「二つの世界の男」のクレア・ブルーム、「トロイのヘレン」のセドリック・ハードウィックとスタンリー・ベイカー、「ロミオとジュリエット(1954)」のノーマン・ウーランドなど。

ストーリー

一四六〇年から十年に亘った“ばら戦争”の終ったイギリスはヨーク家全盛であった。が、エドワード四世(セドリック・ハードウィック)の戴冠式挙行後間もなく、王の末弟グロスター公リチャード(ローレンス・オリヴィエ)は王位の略奪を策しはじめた。極度の背曲りで足が不自由で容貌も醜いリチャードは、心も醜悪陰険な男だった。彼が最初に目をつけたのは、ばら戦争で、おのれの刃の下に命を落したランカスター家の太子エドワードの妃アン姫(クレア・ブルーム)であった。アン姫はリチャードの巧みな弁舌と奇妙な魅力に惹かれて、ついにその求婚に応じた。リチャードは次に、おのれの次兄クラレンス公ジョージ(ジョン・ギールグッド)が王に対して異心を抱いている旨を王に告げて彼をロンドン塔に幽閉させ、王妃エリザベスがこれを讒奸したごとく言い触らした。王はクラレンス公の死刑執行を命じたものの、病弱のわが身を考え赦免しようとしたが、リチャードは、その命令が届く前に、刺客に公を殺害させた。臨終の床で王はリチャードの口からクラレンス公の死を聞くと、卒然として崩御した。リチャードはルドローの地に皇太子エドワードを迎えると、王妃エリザベスの血縁のリヴァース伯やドーセット侯の首をはね、自ら摂政の地位についた。皇太子はその弟君とともに、ロンドン塔に押込められた。リチャードの毒手は、つぎにヘイスティングス卿(アレック・クランズ)に向けられた。リチャードは、故王の愛人ジェーン・ショアが魔女を使ってリチャードの死を計ったと宣言し、ショアの保護者である卿を断頭台に送れと命じた。リチャードの腹心バッキンガム公(ラルフ・リチャードソン)は、ロンドン市長を通じて、ヘイスティングス卿が叛逆を企てたことや、エドワード四世の嗣子が私生児だったことを、市民に伝えさせ、リチャードが王位を継承すべきだと煽動した。かくてリチャードは野望を遂げ、リチャード三世として王位に就くと、妃アンを宮廷から斥け、ますます悪辣な術策をめぐらした。バッキンガム公は皇太子たちの暗殺計画でリチャードの怒りを買うと、ブルターニュにあって彼に対抗すべく兵を集めていたランカスター系の王位要求者リッチモンド伯-のちのヘンリー四世-の許に走った。リチャードは伯の義父スタンリイ卿(ローレンス・ナイスミス)の息子ジョージを人質にして卿に忠誠を誓わせ、出征の用意を命じたが、暴逆な王に対する叛旗は各地に挙った。リチャードは、バッキンガム公を捕えた報に接すると、彼の首をはねるよう命じた。リッチモンド伯とボスワースの平原に対峙したリチャードの軍からは、一夜にしてスタンリイ卿以下有力な貴族が敵側に寝返りを打ち、すでに勝敗は明白となった。だが、権力に憑かれたリチャードは、おのれの死を前に飽くまでもリッチモンド伯を倒さんと、自ら陣頭に駒を進めていった。

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作品データ

原題
Richard III
製作年
1955年
製作国
イギリス
配給
東和
初公開日
1956年3月15日
上映時間
161分
製作会社
ロンドン・フィルム
ジャンル
文芸


[c]キネマ旬報社