連合艦隊|MOVIE WALKER PRESS
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連合艦隊

1981年8月8日公開,145分
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太平洋戦争を背景に、そこに生きた人々の愛、悲しみ、苦闘、怒りを描く。脚本は「どんぐりッ子」の須崎勝弥、監督は「関白宣言」の松林宗恵、撮影は「トラブルマン 笑うと殺すゾ」の加藤雄大、特技監督は「地震列島」の中野昭慶がそれぞれ担当。

ストーリー

※結末の記載を含むものもあります。

昭和十五年。考古学者本郷直樹は次男の真二が自分と同じく学問の道を志すことを喜んでいた。兄の英一は父の意に反して海軍少尉になっていた。一方、船大工の小田切武市は一人息子の正人が海軍兵学校に合格したので有頂点になっていた。十八年間海軍に勤めても下士官止りの武市は正人の将来は約束されたと信じて疑わなかった。一年が過ぎた。世界情勢は日毎に緊迫の色を強め、戦争の予感は現実のものになろうとしていた。昭和十六年十二月八日、早期和平を強調する山本五十六のもとで、連合艦隊は、ハワイ真珠湾に奇襲をかけた。次々と炎上する米海軍の戦艦群を、英一は興奮の面持ちで見つめていた。その頃、五年の歳月と建艦技術の粋を集めた空前総後の巨艦、大和が完成した。山本はアメリカに時間を与えず、早期和平に持ち込もうと、ミッドウェイ作戦に賭けた。しかし、作戦は失敗に終り、戦局は消耗戦へと展開していった。数々の戦闘を体験している英一は、死を覚悟し、婚約者の陽子と式を挙げたが、指一本触れずに戦場へもどった。やがて大学生の真二も召集され兵学校を卒業した正人も武市の意に反して零戦に乗る決意をしていた。日本軍は劣勢に回り、起死回生のレイテ作戦に出た。英一は戦場で真二と出会った。陽子への仕打ちをなじる真二に「陽子を頼む」と遺書を残して英一は大空に散った。英一の残したライフ・ジャケットのために沈む船から脱出した真二は、生きる喜びをあらためて知り、陽子と生きようと陸上勤務を志願するが、大和への転属を命ぜられる。死を目前にして真二は陽子を抱けなかった兄の気持を初めて理解した。陽子は逆だった。愛する人に抱かれたい。陽子は真二に激しく体をぶつけるのだった。同じ頃、正人は特攻を志願していた。武市は息子の出世に固執し兵学校へ行かせた己の浅薄さを呪い戦争の恐しさを痛感した。戦況は挽回の余地もない所まで来ていた。そしてついに、最後の切札、大和の沖縄への水上特攻が計画されるに至った。大和は出撃した。真二も正人もその中にいた。そして、陽子、武市、多くの肉親を残して、大和艦上の戦士たちはその命を沈めていった。

作品データ

原題
Imperial Navy
製作年
1981年
製作国
日本
配給
東宝
上映時間
145分

[c]キネマ旬報社

  • rikoriko2255

    やまひで

    2.0
    2009/8/2

     「戦ふも亡国、戦はざるも亡国。戦はずして亡びるは、民族の魂までも失ふ真の亡国なり。」これは、映画のナレーションによると、太平洋戦争への突入を決定した御前会議の席上、陸海軍統帥部を代表して自らの感慨を述べた長野軍令部総長の言葉だそうである。この言葉は一体何を意味するか。旧帝国海軍の上層部は戦争開始以前に既に対米戦争に負けることを予想していること、第二に、「民族の魂」なるものを実体化して、戦争をすることにより国体が維持されるという精神主義を称揚し、これを以って謂わば「亡びの美学」を唱えていることである。「武士道」の何たるかを説いた『葉隠れ』には、確か「犬死するな」と書いてあったように記憶するが、これは、当時の海軍部のトップが、結果として、「犬死論」を説き、国として二重・三重のねばり腰の対米外交を放擲することに同意し、「神州不滅」の国民を敗戦へと指導していったことにはならないか。本作は、こうして火蓋を切られた太平洋戦争における旧帝国海軍の海上実戦部隊の花形、「連合艦隊」の栄光と没落を物語るものである。

     太平洋戦争中、連合艦隊司令長官には四人がなっている。「軍神」山本五十六(1943年4月18日戦死!将棋で言えば、敵に王将を討ち取られた訳で、これで日本は事実上戦争には負けている)、古賀峰一(殉職:司令部移動中、太平洋上にて行方不明となる)、豊田副武(山本に言わせれば、「頑迷なる鉄砲屋」で、時代遅れの「大艦巨砲主義」の艦隊決戦主義者、任を解かれた後は軍令部総長として終戦を迎える)、小沢治三郎(戦史上画期的な空母集中型の「機動部隊」の生みの親ではあったが、終戦二カ月半前にようやく本職を得る。それで、その職にありながら、連合艦隊は既に壊滅してるという「歴史の皮肉」を甞めることとなる)である。映画では、しかし、長官としては山本に、戦争勃発前からその死までに焦点を当てている。それ以外では、むしろ、連合艦隊史ということから、真珠湾奇襲攻撃から戦艦「大和」の水上特攻まで、ミッドウェー海戦、レイテ沖海戦をその間に挟んでの「転戦」が基軸となり、この縦軸に、連合艦隊各参謀の上級将官、「本郷英一」やその弟「眞二」らに代表される下級士官や学徒兵、市井と下士官の階級を代表する海軍兵曹長「小田切武市」(この役を演じている財津一郎の、かなりクサイが、ツボをついた演技は一見したら忘れられない)、更に少年航空兵達が絡んで物語が展開する構成である。という訳で、本作は約二時間半の映画の長さに、約四年の太平洋戦争海戦史を凝縮し、更にこれに、上は長官から下は少年航空兵までの各レベルのエピソードを盛り込もうという、よく言えば、重層的なストーリー展開になっている。

     とは言うものの、映画というメディアとは、大河ドラマとは違って、ストーリー的には日本軍同様に「短期決戦」型の媒体であり、そのため、本作のストーリーの内容自体は焦点が分散された、底の浅いストーリーとなっている。やはり、危機の時代に生きた人間たちが紋切り型にしか描かれておらず、としか評価せざるを得ない。同じ問題点は、この3年後に、同じ東宝で撮った作品『零戦燃ゆ』についても言えることだろう。本作品の監督松林宗恵は既に1960年に『ハワイ・ミッドウェイ大海空戦 太平洋の嵐』を撮っており、二番煎じを避けて、また周知の「大和」の「轟」沈も思い切りカットし、語り尽くされたと言っていい「山本五十六」から視点をずらし、例えば、レイテ沖海戦に焦点を置き、更に歴史とストーリーの連続性のために宇垣纏に焦点を当てたストーリーを撮ってみては如何なものであろうか。宇垣は、山本長官の下で女房役の連合艦隊参謀長を務め、レイテ沖海戦にも参加、1945年8月15日には、玉音放送を聞いた後、11機の艦上爆撃機彗星を駆って、沖縄方面に死地を求めて飛んでいったという人間だったからである。

     さて、本作の特撮映像について最後に一言。CG技術時代の今から見ると、せっかくの模型を使った特撮シーンも随分と子供騙しのように見える。その意味で、このような「東宝特撮」技術はもはや時代遅れであり、骨董品的存在価値しかないであろう。だからといって、安っぽい、恣意と虚構の蔓延ったCG・シーンもいただけない。(あのアメリカ製の駄作『パール・ハーバー』を想起あれ!)やはり、金は掛かるだろうが、時事フィルムや戦争記録映画、更に他の戦争物劇映画からの安易な借用や流用を避けた、実物大のスケールのセットを使った、映画的映像作りをしてもらいたいものだ。
     

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