丹波哲郎
山本五十六
第二次世界大戦で活躍した名機零戦の誕生から散華するまでを、それに関わった人間たちの運命と共に描く。原作は週刊文春連載中の柳田邦男の同名小説。脚本は「日本海大海戦 海ゆかば」の笠原和夫、監督は「エル・オー・ヴィ・愛・N・G」の舛田利雄、撮影も同作の西垣六郎がそれぞれ担当。
銀色に輝く新型戦闘機・零戦の勇姿に魅せられて横須賀海兵団に入団した浜田正一と水島国夫は、それぞれ浜田は航空兵、水島は整備兵と別な道を歩み活躍していた。入団してから2年後、昭和16年12月8日、日本は連合軍に対して無謀な戦いを挑んだ。浜田と水島は台湾・高尾基地にいた。日本海軍はハワイ真珠湾に奇襲をかけ、航空兵力による初の大戦果をあげた。高尾基地から飛びたった浜田たちの零戦の大編隊は五百カイリを越えて、フィリッピンのクラークフィールド基地を攻撃した。その零戦は“ゼロファイター”と呼ばれ、連合軍に悪魔の如く恐れられた。浜田は連合軍の戦闘機を次々と撃墜していった。昭和17年6月4日、米軍はアリューシャン列島アクタン島で、不時着した零戦を完全な形で手に入れた。伝説化していた零戦の秘密のベールが次第に剥がされていった。6月5日、ミッドウェイ海戦で日本海軍は大敗した。空母、赤城・加賀・蒼竜・飛竜が沈没。歴戦の搭乗員の大半を失った。内地に帰った水島は、吉川静子と知り合う。死んだ父親が作っていた零戦が空を飛ぶのを見たい、という静子の願いを、水島と浜田はかなえてやった。そして二人は、ラバウル航空隊へと転属していった。昭和18年4月8日、山本五十六長官のブイン、パラレ方面への前線視察護衛隊を、浜田たちは命じられる。だが山本長官の行動は全て米軍に筒抜けで、浜田たちの必死の反撃も虚しく山本長官機は撃墜されてしまう。山本長官の死は伏せられ、生き残った浜田たちには何の咎めもなかったが、海軍の出処進退の伝統によって浜田たちには連日の出撃が命じられた。死に場所をえるようにとの上層部の配慮であった。仲間たちは次々に死に、水島は浜田が使い捨ての将棋の駒のようにボロボロになって殺されてゆくことに激しい怒りを覚えるのだった。その浜田はF4Uによって火ダルマにされ辛くも脱出、命だけは助かったものの全身に大火傷を負い、二度と零戦に乗れない身体になってしまった。母親のイネは温かく息子の帰りを待っていた。しかし、戦うことのみにとり憑かれている浜田は手術をうけ、再び零戦に乗る。水島はそんな浜田を救うため、愛する静子に浜田との結婚を納得させる。静子の愛だけが浜田を救えると信じたのだ。昭和19年6月米軍はサイパン、テニアン島を占領、大空には零戦をはるかに上回る性能のグラマンF6Fヘルキャットが登場、零戦は特攻機として砕け散るしかなかった。空の守りがなくなった日本の空に世界最強のボーイングB29の編隊が襲いかかってきた。昭和20年3月、米軍が沖縄に上陸。4月戦艦大和沈没。6月沖縄陥落。静子が筑城航空隊の浜田のもとに行こうとしたその日、B29の編隊が名古屋を空襲してきた。女学生を誘導する静子の視界を白い閃光が覆った--。静子の死を水島からの手紙で知った浜田は、唯一機、米軍機の大編隊へと最後の出撃をするのだった。
山本五十六
下川万兵衛
小福田租
宮野善治郎
浜田正一
水島国夫
吉川静子
浜田イネ
堀越二郎
曽根嘉年
東条輝雄
宇垣纒
小沢治三郎
森崎中尉
航本担当官
空技廠担当官
航艦参謀
軍令部参謀
軍医
喜代
監督
脚本
原作
製作
撮影
音楽
美術
編集
照明
録音
特技監督
特技撮影
特技撮影
特技美術
特技照明
光学撮影
特技スチール
石膏
助監督
特技助監督
スチール
協力製作
協力製作