黒沢年雄
川崎
川端康成の原作を、「真実の愛情を求めて 何処へ」の井手俊郎と、「女体(1964)」の恩地日出夫が共同で脚色し、恩地日出夫が監督した文芸もの。撮影は「あこがれ(1966)」の逢沢譲。
伊豆の下田に向う一高生川崎は、途中、旅芸人の一行に出会い、古風な美しい踊子に惹かれた。峠にさしかかる頃、にわか雨が降り出し、茶屋に飛び込むと、さっきの旅芸人と再び会い、これがきっかけとなって川崎は彼らと連れになって旅をすることにした。一行は踊子の兄栄吉、妻千代子、千代子の母お芳であった。踊子の名は薫といい、旅のつれづれにたずねる川崎の問いに、生れ故郷の甲府のこと、今は大島にいて毎年伊豆にやってくることなどを頬を染めながら話すのだった。ある日栄吉と風呂に入っていた川崎は、向いの共同風呂にいる薫が裸で手をこちらに振っているのを見て、その無邪気さに思わず苦笑した。こうして芸人一行が湯ケ野の町を座敷から座敷へと流し、三味線や太鼓の音が川崎の耳に快よく聞える何日かが続くうちに、薫も“下田に着いたら活動に連れて行って下さいね”と甘えるようになり、二人は親しみを増していった……。やがて下田に着き、明日はいよいよ川崎が東京へ帰るという日、身分違いの仲を案じたお芳の“お座敷だよ”との言葉に薫は悲しみの涙をのむのであった。そして翌朝、乗船場には薫がただ一人海を見つめながら川崎を待っていた。やがて栄吉が川崎を送ってやってきた、薫の姿をみとめた川崎の眼は輝やいた。それまでの無邪気な薫とは打って変わって、彼女は今は無言で頭を下げるだけだった……。夜になり船も下田から大分遠ざかった頃、川崎は甲板に出た。彼の頬にも涙が伝わっていた。その頃、薫は座敷で太鼓を打っていた。キチンと坐り、自分の切ない気持が、船の上の川崎にとどけとばかり、一点を見つめ、悲しみに耐える真剣な表情で太鼓を打ち続けていた。
川崎
薫
栄吉
千代子
お芳
百合子
お咲
お清
お滝
お雪
茶屋のばあさん
紙屋
鳥屋
お時
温泉宿の女中
温泉宿の女中
温泉宿の女中
酌婦
竹林の男
客
客
婆さん
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