名月赤城山:映画作品情報・あらすじ・評価|MOVIE WALKER PRESS 映画
名月赤城山
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名月赤城山

1953年2月12日公開、91分、時代劇
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「風雲千両船」の三村伸太郎の脚本によって「西遊記(1952)」の冬島泰三が監督にあたった。「大仏開眼」の大河内傳次郎、「お嬢さん社長と丁稚課長」の岩井半四郎、その他花井蘭子、野上千鶴子、鳥羽陽之助、清川荘司などが出演する。

ストーリー

上州国定村の大親分長岡忠次は代官松下軍兵衛の悪政に反抗して乾分数百人とともに赤城山にたてこもった。百姓達の蔭の支援はねづよかったが、長びく山篭りに乾分らの心の動揺はさけがたい。忠治は女房のお町も麓に下し、一揆の結束をはかった。目付役大野木、由利の巡視にあって狼狽した代官ははじめ忠治を買収にかかり、失敗するや各村から五十人ずつ勢子を強制徴集して赤城にせめのぼろうとする。捕親は三室の勘助、忠治の乾分板割の浅太郎と伯父甥の仲の彼は辞退したが、ゆるされなかった。その浅太郎と有明の清次郎を護衛に山をおり、お町に最後のわかれをつげる忠治に、捕手の一隊がおそいかかる。清次郎の密告によるものだが、捕手の指揮者が勘助であったことから、疑いは浅太郎にかかる。忠治は真相を察していたが、良民の難儀をみ、一揆の解散をもくろんでいた矢先きなので、故意に浅太郎をののしった。彼が山をおり、恋人お京と結ばれることを願ったのである。が、生一本の浅太郎は麓へ立ちもどり、伯父勘助を斬つて潔白の証しをたてようとする。勘助は孫勘太郎の将来をくれぐれも頼みつつ、笑って死んでいった。一方目付役由利は上州治政の乱脈を報告すべく江戸へ出発する。大あわての代官所へ山をおりた忠治が単身のりこみ、悪税撤廃の証文一札をとって、一揆の目的をとげた。日光の円蔵とともに帰らぬ旅にのぼる忠治のあとを、恋人の手をもふりきって浅太郎が追った。

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作品データ

製作年
1953年
製作国
日本
配給
新東宝
初公開日
1953年2月12日
上映時間
91分
製作会社
新東宝
ジャンル
時代劇


[c]キネマ旬報社