ファイト・クラブ|MOVIE WALKER PRESS
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ファイト・クラブ

1999年12月11日公開,139分
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暴力と狂気に魅入られていく男の姿を描いた異色ドラマ。チャック・ポーラニックの同名小説の映画化。監督は「セブン」「ゲーム」のデイヴィッド・フィンチャー。脚本はジム・ウールス。撮影は「ゲーム」のジェフ・クローネンウェス。音楽はダスト・ブラザーズ。出演は「ジョー・ブラックによろしく」のブラッド・ピット、「ラウンダーズ」のエドワード・ノートン、「鳩の翼」のヘレナ・ボナム・カーターほか。

ストーリー

※結末の記載を含むものもあります。

ジャック(エドワード・ノートン)は保険会社に勤めるヤング・エグゼクティブ。ここ数カ月は不眠症に悩み、さまざまな病気を抱える人々が集まる「支援の会」に通い始め、そこで泣くことに快感を覚えるように。ある時、やはり「支援の会」中毒の女、マーラ(ヘレナ・ボナム・カーター)に出会い、電話番号を交換する。出張先の飛行機でジャックはタイラー(ブラッド・ピット)と知り合う。フライトから帰ってくるとなぜかアパートの部屋は爆破されており、ジャックは仕方なくタイラーの家に泊めてもらうが、タイラーは自分を力いっぱい殴れという。タイラーはエステサロンのゴミ箱から人間の脂肪を盗み出し、石鹸を作って売っていた。数日後、ジャックとタイラーは再び酒場の駐車場で殴り合う。次第に見物人は増え、ついにタイラーは酒場の地下室を借りて互いに殴り合う「ファイトクラブ」の設立を宣言する。一方でタイラーはマーラを呼び出し、情熱的なセックスを繰り返す。「ファイトクラブ」は会員が増え、全国に支部ができるまでになった。ついにクラブは、いたずらとテロを組織的に繰り返すようになる。タイラーはついにクレジット会社のビルを爆破する計画を立てる。ジャックはタイラーを阻止しようと走り回るが、なんと意外な事実が発覚。なんとタイラーはジャックのもうひとつの人格だったのだ。かくしてタイラーはジャックを凌駕しようとするがそれは阻止され、ジャックは駆けつけたマーラと共に美しく崩れ落ちるビル群を眺めるのだった。

作品データ

原題
Fight Club
製作年
1999年
製作国
アメリカ
配給
20世紀フォックス映画
上映時間
139分

[c]キネマ旬報社

動画配信

映画レビュー

4.0
  • rikoriko2255

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    4.0
    2019/11/19

    評価が良いという事だけで内容を知らずに見たかった作品だったのですが見て良かった!これは面白い映画でした。 私はまったく結末が分からなかったのでほえ~!っとなってしまった。さすがのデイヴィッド・フィンチャー監督作品。参りました。

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  • rikoriko2255

    やまひで

    5.0
    2008/7/31

     この間、とある新聞記事を読んだ。2003年以来あちこちに道化師の、そう、あのサーカスなんかに出てくる道化師の「軍隊」が出没するという。きっかけは何でも例のアメリカ合「州」国大統領Bがこの年に「大英帝国」首相Bを訪問したことからだという。彼等道化師は、警官隊が警備しているところに現れ、その物真似をするのだという。基本的にはクラウンの格好をして鼻には赤の団子っ鼻、足には特大の靴を履いているのであるが、その上に更に彼等は警官の制帽を被り、手にはプラスティック製の水鉄砲を持ち、肩や何かの目立つところに階級章を付けているのだそうだ。やり方は少々子供っぽい感じがしない訳ではないが、これで警察や軍隊的組織を笑いものにすることにその眼目があり、このような示威行動は、ある組織としての権威を失墜させるには有効な手段かもしれない。そして、ある社会的権威というものが取り繕っている仮面を剥がし、その実態を暴露した時の胸の空く「痛快さ」というものがある。この映画のラストシーン、夜空に輝きながらすっと建っている摩天楼のビルが次々に爆破されて倒れていくシーンの美しい、ある種の痛快さは、上述の権威破壊の痛快さにつながるものを持っているかもしれない。  この作品、出だしがまず粋である。画面に電磁波的な発光が見られ、それが伝達されていく最後は口であり、その口にはピストルの銃口が押し込められてる。Offから主人公の声が流れてきて、実は、これが例のラストシーンにつながっている。そこから、話は回顧形式で何故本人がこのような状態になったのかの私小説的解説が始まるのである。如何にも才能ある監督フィンチャーに相応しい映画の出だしである。  E.ノートン演ずるところのジャックは、ホワイト・カラーの従順な戦士であり、プライベートには自分のアパートをスェーデンのある室内調度品メーカーの物で備え付けるというSnob的な生活を送っていた。このプティ・ブル的存在は、しかし、ジャックがタイラーという人間(実はラストシーンで分かるのであるが、これはジャックの脳腫瘍が作り上げたもう一人のジャック)を飛行機の中で知り合ったことによって激変する。ジャックは、この、何か素性の分からない、胡散臭いタイラーとどういう訳か(恐らくは自己破壊を目指す衝動からか、または、自分の身を痛めつけることで自己の生存感を得るためか)道路上、駐車場で殴り合いを始める。二人(またはジャック一人)は、この「非」社会的な行動を、それを見物しに来る男達も仲間に入れた「ファイト・クラブ」へと育て上げる。それは、自らの肉体を供した生きていることを感じ取るための男同士の協働作業でもあった。そして、この「クラブ」は、その連帯感の中で、更には反社会的テロ集団へと発展していく。  何気なく始まるこの作品は、原作の思想性がしっかりしているからか、最初の独り言の内面劇が、「ファイト・クラブ」という非社会集団の形成へと発展し、それが更にまた意外な反社会的な、否、反資本主義的動きへと変質する現代の「狂気」を抉り出す良きスリラーとなっている。  E.ノートンの演技力の高さに心より拍手を送りたい。

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    ネタバレあり
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