史上最大の作戦|MOVIE WALKER PRESS
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史上最大の作戦

1962年12月15日公開,0分
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第二次大戦において連合軍側に徹底的勝利のチャンスを与えたノルマンディの攻防戦を描いたコーネリアス・ライアンのベスト・セラーを映画化した戦争スペクタクル。脚色はアメリカから「地上より永遠に」の原作者ジェームズ・ジョーンズとフランス「自由の大地」のロマン・ギャリー、デイヴィッド・パーセル、ジャック・セッドンがあたっている。監督は4人でうけもち、「橋」のベルンハルト・ビッキイが守備側のドラマ・シーンを「ベン・ハー(1959)」の戦車競走シーンを撮ったアンドリュー・マートンが攻撃側のスペクタクル・シーンを、「謎の要人悠々逃亡!」のケン・アナキンが攻撃側のドラマ・シーンを、「真昼の決闘」の編集者エルモ・ウィリアムスがそれぞれ演出している。撮影はジャン・ブールゴアン、ヘンリー・パージン、ウォルター・ウォティッツの3人が担当し、ノルマンジーの現場で6カ月間ロケを行った。「自由の大地」のダリル・F・ザナックの製作になるものである。音楽は「ワルソー・ゲットー」のモーリス・ジャール、主題歌をポール・アンカが作曲している。出演者はアメリカからジョン・ウェイン、ヘンリー・フォンダ、ロバート・ミッチャム、メル・ファーラー、スチュアート・ホイットマン、ロバート・ライアン、ジェフリー・ハンター、リチャード・ベイマー、エドモンド・オブライエン、ロバート・ワグナー、トミー・サンズ、ポール・アンカ、フェビアン、トム・トライオン、サル・ミネオ、レッド・バトンズ、エディ・アルバート、スティーヴ・フォレスト、レイ・ダントン。イギリスからケネス・モア、リチャード・バートン、リチャード・トッド、ピーター・ローフォード、レオ・ゲン、ロン・ランゲル、ショーン・コネリー、フランス側からはジャン・ルイ・バロー、マドレーヌ・ルノー、クリスチャン・マルカン、フランソワーズ・ロゼエ、アルレッティ、ブールヴィル、それにザナックに発見されてこの映画でデビューするイリナ・デミック。ドイツからはクルト・ユルゲンス、ウェルナー・ハインツ、ピーター・ヴァン・アイクなどが参加している。

ストーリー

※結末の記載を含むものもあります。

1944年6月4日未明セーヌ河の湾曲部にあるドイツ西部軍B師団司令部で、司令官ロンメル元帥は家族の許へ帰ろうとしていた。連合軍の大陸侵入作戦を知らないわけではなかったがここ数週間は悪天候だし防御は完璧だった。同じ南部イングランドで300万近い連合軍を指揮するアイゼンハワー最高司令官は上陸作戦の日--D・DAYを決定しょうとしていた。遅い月の出と夜明け直後の干潮という絶対条件の揃うのは6月5~7日の3日間だが、英仏海峡は大しけが続いていた。5日は取り消され延期するとなれば19日か7月まで待たねばならない。最高首脳部会議は気象部員からの詳細な報告に基づき6日をD・DAYと最終決定した。フランスのレジスタンス向けの暗号放送は盗聴されたがヴェルレーヌの“秋の歌”が上陸作戦の開始を告げるものであることは覚えられなかった。5000雙からなる大船団はノルマンディへ南下し午前零時15分、米軍空挺部隊の降下から上陸作戦の火蓋は切られた。5時半の海上からの攻撃開始を西部軍総司令部が知ったのはその30分前、情婦エヴァの側にあったヒトラーやヘルリンゲンの自宅にいたロンメルが知ったのは5時間後だった。防御陣地は判断を誤った作戦会議のために殆ど無用の長物と化したが、激浪に苦しめられてきた連合軍を海辺に釘づけにして多大な損害を与えた。しかし物量を誇る連合軍は内陸深く侵入し上陸舟艇はノルマンディの海を覆った。“上陸作戦の最初の24時間は決定的なものになるだろう--この日こそ連合軍にとっても我々にとっても一番長い日になるだろう”とロンメルに言わせた6月6日は史上最大の作戦をもった連合軍の圧倒的な勝利に終わり、ナチス・ドイツが崩壊し去る運命の日になった。

キャスト

ジョン・ウェイン

Lt._Colonel_Benjamin_Vandervoort

ロバート・ミッチャム

Brig._General_Normancota

ヘンリー・フォンダ

Brig._General_Theodore_Roosevelt

ロバート・ライアン

Brig._General_James_M._Gavin

ロッド・スタイガー

Destroyer_Commander

ロバート・ワグナー

U._S._Ranger

リチャード・ベイマー

Private_Dutchschultz

メル・フェラー

Major_General_Robert_Haines

ジェフリー・ハンター

Sergeant_Fuller

ポール・アンカ

U._S._Ranger

サル・ミネオ

Private_Martini

ロディ・マクドウォール

Private_Morris

スチュアート・ホイットマン

Lieutenant_Sheen

スティーヴ・フォレスト

Captain_Harding

ロン・ランデル

Joe_Willeams

Nicholas Stuart

Lt._General_Omar_N._Bradley

ジョン・マイロン

Rear-Sdmiral_Alan_G._Kirk

リチャード・バートン

Raf_Pilot

ケネス・モア

Capt._Colin_Maud

ピーター・ローフォード

Lord_Lovat

リチャード・トッド

Major_John_Howard

レオ・ゲン

Brig._General_Parker

ジョン・グレグソン

British_Padre

ショーン・コネリー

Private_Flanagan

ジャック・ヘドレー

Briefing_Officer

マイケル・メドウィン

Private_Watney

ノーマン・ロシントン

Private_Clough

ジョン・ロビンソン

Admiral_Sir_Bertram_Ramsey

パトリック・バール

Group_Captain_J._N._Stagg

レスリー・フィリップス

Raf_Officer

Donald Rouston

Raf_Pilot

フランク・フィンレイ

Private_Coke

リンドン・ブルック

Lieutenant_Walsh

Bryan Coleman

Ronald_Callen

ニール・マッカラム

Canadian_Doctor

Trever Reid

General_Sir_Bernard_L._Montgomery

サイモン・ラック

Air_Chief_Marshal_Sir_Trafford_Leigh_Mallory

Louis Mounier

Air_Chief_Marshal_Sir_William_Tedder

シアン・フィリップス

Wren

イリーナ・デミック

Janine_Boitard

ブールヴィル

Major_of_Colleville

ジャン・ルイ・バロー

Father_Roulland

クリスチャン・マルカン

Comander_Philippe_Kieffer

アルレッティ

Madame_Barrault

Madeleine Renaut

Mother_Superior

Georges Ribiere

Sergeant_Guy_de_Montlaur

ジャン・セルヴェ

Rear-Admiral_Jaujard

Georges Wiluson

Alexandre_Renaud

フェルナン・ルドウ

Louis

モーリス・ポリ

Jean

アリス・ティソ

The_Housekeeper

Jo D'Abray

Naval_Captain

クルト・ユルゲンス

Major_General_Gunther_Blumentritt

ヴェルナー・ヒンツ

Field_Marshal_Erwin_Rommel

ポール・ハートマン

Field_Marshal_Gerd_Von_Runtstedk

ゲルト・フレーベ

Sergeant_Kaffee_Klatsch

ハンス・クリスチャン・ブレッヒ

Major_Werner_Pluskat

Wolfgang Treiss

Major_General_Max_Temsel

ピーター・ヴァン・アイク

Lieut-Colonel_Ockr

ハインツ・ラインケ

Colonel_Gosep_Pips_Priller

リチャード・マンチ

General_Elich_Marcks

Ernst Schroeder

General_Hans_Von_Salmuth

Karl Meisel

Captain_Ernst_During

Heinz Spitzner

Lieut-Colonel_Hellmuth_Meyer

ロベルト・フライターク

Aide_To_Lieut._Cartis_Meyer

Til Kiwe

Captain_Hellmuth_Lang

Alfred Jodl

Colonel_General

ミハエル・ヒンツ

Frau_Rommel

Paul Roth

Colonel_Schiller

Hart Mut Rock

Sergeant_Bergsdof

カール・ヨーン

Lieut_Waffe_General

ライナー・ペンケルト

Lieut.Major_Dietmar_Schonhetr_Fritz_Theen

作品データ

原題
The Longest Day
製作年
1962年
製作国
アメリカ
配給
20世紀フォックス
上映時間
0分

[c]キネマ旬報社

映画レビュー

4.1
  • ettam

    4
    2013/9/23

    圧倒的な迫力とストーリー性、そして出演陣によってかなり完成度の高い作品となっています。
    ストーリーは第二次世界大戦のノルマンディ上陸作戦。冒頭からそれぞれの人物を紹介するシーンもかっこよく仕上がっており、ロンメルの「最も長い一日になるだろう」と言った直後のベートーベンの『運命』を取り入れた作品タイトルも非常に効果的である。
    ノルマンディ上陸作戦がどのようにして行われたかが良く分かる作品であり、海岸での攻防はすさまじい。

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  • ヤンマ

    5
    2009/9/19

    女スパイを演じたイリナ・デミックが、登場した時、映画はにわかに、活気ずく。ロバート・ミッチャムが葉巻をくゆらせる時、映画は終焉する。これが、映画の味というべきものだ。『プライベート・ライアン』のリアリズムに欠如していたもの、がこれである。このCG大作の見せ掛けの、大きさよりも、この作品の、戦場の長回し、移動撮影は圧倒的に素晴らしい!

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  • やまひで

    4
    2009/8/6

      Les sanglots longs/Des violons/De l'automne
      (秋の/ヴィオロンの/長き啜泣き)
      Blessent mon coeur/D'une langueur/Monotone.
      (単調なる/もの憂さに/我が心傷つく)
    と、英BBC放送がP.ヴェルレーヌの「秋の歌(Chanson d'automne)」の第一節を1944年6月1日夜9時のニュースの後に流した。それは、「D-Day近し。待機せよ。」という、対独レジスタンス・グループに宛てた暗号放送であった。独国防軍情報部は、これが、連合軍の欧大陸侵攻Invasionの前兆であるとの情報を掴んでおり、関係当局にその情報を流した。
     そして、6月5日夜9時15分、暗号の後半部分、先述の詩の第二節が傍受された。これは、「放送が流れた夜の0時から48時間以内にはD-Dayが開始される。」との暗号であった。これを受けて独軍の関係する各機関に警報が発せられたが、第二段階警戒態勢を取ったのは不思議なことに、独国防軍西部方面軍に属する第15軍のみであった。こうして、フランスは運命の日の6月6日、ロンメル元帥が図らずして「最も長い日」と名づけた日を迎え、1万8千名の連合軍空挺部隊が0時30分頃フランスの地に降下を開始したのであった。

     さて、ここで、連合軍による欧州大陸における第二戦線構築の意図に独軍は如何なる対抗策を取っていたか。まず、独軍側のフランスにおける指揮系統であるが、中央のOKW(国防軍最高司令部)から、西部方面軍(司令官:フォン・ルントシュテット元帥、参謀長:ギュンター・ブルーメントリット歩兵「上級中将」[各科Generalは一般に「~科大将」と訳されているが、この階級は師団長レベルでも見られ、旧日本帝国陸軍では、このレベルは一般に中将である。更に、戦前のドイツ軍には元帥級大将というものもあり、こちらの方をむしろ「上級大将」と名づけるべきである。Generalmajor,Generalleutnantがそれぞれ「少将」、「中将」と確定しているところから、独断ではあるが、Generalをその上で、しかしGeneraloberstの下の階級ということで「上級中将」と呼ぶことにする。尚、ブルーメントリットは、その後武装親衛隊の第12SS軍団長にもなっており、SSの階級も保持した。])がこれを担当し、その指揮下に、フランス南西部を管轄するG軍集団とフランス北部を管轄するB軍集団(司令官:エルヴィン・ロンメル元帥、参謀長:ハンス・シュパイデル中将)、また、この北アフリカ戦線の「英雄」ロンメル元帥の配下に、パ・デゥ・カレーに第15軍、ノルマンディー、ブルターニュに第7軍が配置されていた。
     北スベインから大西洋岸に沿ってノルウェーまでの2000キロもある、所謂「大西洋の防塁Atlantikwall」は中々守りきれるものではない。ロンメルは、連合軍が来たら、栗林中将とは異なって、水際作戦でこれを撃退するという作戦の方針を固めてはいたが、さて、連合軍はどこに上陸するつもりなのか、分からなかった。連合軍側の偽装工作作戦Operation Fortitudeも功を奏して独軍側は大方がやはり、15軍が守備するパ・デゥ・カレー地方だと予想していたのである。これが、上述の独軍の暗号傍受後の対応にも現れていたと言えよう。

     連合軍落下傘部隊が降下すると、0時30分頃第7軍の高射砲陣地からB軍集団司令部に連絡が入り、当直士官ボルツィコフスキー少尉はこれを受けた。これらの確認された情報が午前1時前には、第7軍参謀長のマックス=ヨーゼフ・ぺムゼル少将のところにも入り、彼が独軍将官の中では最も早くInvasionに対抗する措置を取ることになった。第7軍司令官フリードリヒ・ドルマン大将は、ブリュターニュ地方にあるレンヌでの兵棋演習に参加して不在であったし、ロンメル自身も休暇を取ってドイツ本国に戻っていた。ヒトラーとの会見のためでもあったが、このように独軍側は連合軍に完全に不意を衝かれた形になったのである。
     こうして始まった6日の明け方、第352歩兵連隊第352砲兵連隊第1大隊司令
    ヴェルナー・プルスカート少佐は、自らの目を疑った。守備砲台にいる彼の目の前には無数の艦船が群がっていたからである。(ある本によるとプルスカート少佐は、この日はノルマンディーにはいなかったということではある。)別名「オマハ・ビーチ」と呼ばれた海岸に連合軍と対峙した第352歩兵師団は、約7400名の兵を以って応戦する。この師団を傘下に置く第7軍第84軍団司令官エーリヒ・マルクス砲兵上級中将は、対ソ「バルバロッサ」作戦を立案した名作戦家で、独側でこのノルマンディーが上陸主作戦の地となることを予測していた数少ない将軍の一人であった(これが陽動作戦ではないかとその後数週間経っても考えられていた)。この日6月6日は、奇しくもマルクス砲兵上級中将の53回目の誕生日でもあった。その6日後、彼は、敵機の機銃掃射を受けて戦死する。

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    ネタバレあり
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