『青春神話』から『あなたの顔』へ…台湾の名匠ツァイ・ミンリャンの世界を見つめ直す
台湾を代表する映画監督、ツァイ・ミンリャン(蔡明亮)。長編第10作『郊遊 ピクニック』(13)を最後に商業映画から引退していたが、2018年に製作した現在公開中のドキュメンタリー『あなたの顔』で復帰を果たした。さらにこのタイミングで、ザ・シネマメンバーズではミンリャンの初期作3本を配信する特集を展開中。いま一度、彼の映像作家としての歩みを振り返ってみたい。
1992年に『青春神話』で長編映画デビューを果たしたミンリャン。その後も、『Hole』(98)、『ふたつの時、ふたりの時間』(01)、『西瓜』(05)といった傑作を発表し、カンヌ、ヴェネツィア、ベルリンなど名だたる映画祭で賞を受賞してきた。
その作風は独特で、脚本を俳優に渡さず、場面ごとに演出するスタイルを実施。長回しによるゆったりしたカメラワークも特徴で、観客が容易に理解できる物語性は持たないが、社会に生きる人々の“現在”と“孤独”を映しだしてきた。
ミンリャンが手掛けた作品は高い評価を獲得し続けるが、彼自身は精神的に疲弊し、ハリウッドの大作ばかりが注目を浴びる映画界にも疑問を持ち始める。自身の作品をよりリラックスした環境で観客に触れて欲しいと考え、現在は美術館で作品を展示する活動を行っている。
このほか、2012年からは、托鉢僧が群衆の中を超スローモーションで歩く様子を撮影する“行者”シリーズも開始(現在まで短編7本を制作)。2015年には台湾最大の映画祭「台北金馬影展(Taipei Golden Horse Film Festival)」のCM映像にも携わり、裸の男が泥にまみれながら横たわる姿を2分弱にわたって収めるが、映像を見た人から「よくわからない!」といった声が挙がるなど、多くの疑問を集め話題になった。
そんな独自の路線を進むミンリャンが世界的に注目を集めることになった、ザ・シネマメンバーズで配信される『青春神話』、『愛情萬歳』(94)、『河』(97)の初期三部作。『青春神話』はミンリャンの長編映画デビュー作であると同時に、彼の作品でシャオカン(小康)という役を演じ続けたリー・カンション(李康生)にとっても、俳優として第一歩を歩むきっかけになった作品だ(上記の短編やCMにも出演)。台湾の首都、台北を舞台にした青春群像劇で、一人の予備校生を取り巻く人間関係を通して、当時の台湾社会を独特の抑制された形式で描いていく。未来への希望が持てない若者たちの、どこにも行けない閉塞感やもどかしさが伝わってくる。
続く2作目『愛情萬歳』は、台北のアパートに暮らす3人の男女による出会いやすれ違いの物語。都会に暮らす人たちの孤独を表現し、前作以上にセリフや音楽が削ぎ落された。本作でミンリャンの作風は確立され、ヴェネツィア国際映画祭の最高賞である金獅子賞も受賞した。三部作の完結編となる『河』もまた、徹底的に引いた視点で登場人物の営みを俯瞰するミンリャンの演出が光る作品。首が曲がったままになってしまう奇病に取り憑かれた主人公とその家族を軸に、大都会に生きる人々の不毛な欲望が浮き彫りにされていく。
約5年ぶりに映画界に戻って来たミンリャンが制作した『あなたの顔』。本作の撮影は、台北の西門町にある日本統治時代に建てられた中山堂と呼ばれる歴史的建造物の中で行われた。2ヵ月かけて集めた市井の人たち12人とリー・カンションの、文字通り“顔”が捉えられている。
中高年の顔のアップが延々と映しだされる作品で、カメラを前に黙ったままの人がいれば、自身の半生を語りだす人もいて、突然ハーモニカの演奏を始める人もいる。おそらく、最初は彼らの言葉や動作を戸惑いながら眺めることになるが、劇伴を務めた坂本龍一による映像に寄り添った音楽も相まって、次第にスクリーンに引き込まれていく。経験したことがない不思議な映像体験が味わえるはず。
デビュー作から一貫して映像作家としての表現を突き詰めてきたツァイ・ミンリャン。その原点と最新形を通して、唯一無二の感性に浸ってみたい。
文/平尾嘉浩(トライワークス)
<台湾青春映画特集~ヤング・ソウル・レベルズを探して~:ツァイ・ミンリャン>
https://members.thecinema.jp/video/80
ラインナップ全3作品(順次配信中)
『青春神話』(92)
『愛情萬歳』(94)
『河』(97)