大女優ジュディ・デンチを魅了した、“ばあばスパイ”の驚くべき秘密とは?
イギリス演劇界の巨匠トレヴァー・ナン監督が22年ぶりに映画のメガホンをとり、イギリス史上もっとも意外なスパイの実話をモデルにしたベストセラー小説を映画化した『ジョーンの秘密』が8月7日(金)より公開。このたび、本作のモデルとなった“ばあばスパイ”ことメリタ・ノーウッドについて、主演のジュディ・デンチや、トレヴァー・ナン監督らのコメントから紐解いてみよう。
本作の主人公は夫に先立たれ、仕事も引退し、イギリス郊外で穏やかな一人暮らしを送っていたジョーン・スタンリー。ある時彼女は、突然訪ねてきたMI5(英国保安局)によって逮捕されてしまう。その容疑は半世紀以上前に核開発の機密情報をロシアに流したスパイ容疑。ジョーンは無罪を主張するが、彼女の驚くべき真実が次々と明らかになっていく。仲間や家族を裏切ってまで、彼女は一体なにを守ろうとしたのか…?
“Hola”というコードネームで活動していたノーウッドは、両親の影響で幼いころから熱心な共産主義者となり、1930年代に密かに英国共産党に入党。イギリスの核技術開発を担っていた非鉄金属研究協会に勤め、ソ連の核兵器計画を促進するために機密書類を横流ししていたという。1972年に定年退職するまで自身の使命を全うしたノーウッドは、2000年についに連行される。自宅の前で記者会見を行い、元スパイであると認めたが高齢のため不起訴処分に。その驚きのニュースは英国中を驚愕させ、彼女は“ばあばスパイ”と呼ばれることに。
50年代に女優デビューを飾り、1988年に英国王室から“デイム”の称号を授与されたデンチは、『恋に落ちたシェイクスピア』で第71回アカデミー賞助演女優賞を受賞するなど、これまで7度のノミネート歴を持つ英国映画・演劇界の至宝。そんな彼女が本作への出演を決めたのは、ナン監督がメガホンをとるからだったという。「トレヴァーとは長い付き合いで、ストラットフォードでの『マクベス』や『間違いの喜劇』、『冬物語』など、いくつもの作品を作ってきた。彼から話をもらったから、是非やりたいと答えた」と振り返る。
さらにデンチは「この物語は知らなかったから、彼女のことも一切知らなかった」と明かし「脚本を読んで、この一見おとなしい女性と、彼女が生涯にわたって隠し通してきた驚くべき秘密に魅了された。とりたてて特徴もない家に住む、ごく普通の人間である彼女が、80代になって、実はケンブリッジ・スパイの一因であったことが明らかにされる。彼女は実に巧みに秘密を隠し通してきた。自分の行為は正しいと心から信じていたし、なぜその行為に及んだかもちゃんと自覚していた」とノーウッドの魅力について語った。
当時のイギリスの時代背景について、法政大学名誉教授の川成洋は「1938年から1945年までのイギリスは、企業の連鎖倒産のために拡大する失業問題や左右勢力の激突、第二次世界大戦の勃発と辛勝など、まさに“疾風怒濤”の時代。この真っ只中でケンブリッジ大学で学び、卒業後にソ連のスパイになった人もいた」と解説。ナン監督も「ケンブリッジはこの物語の重要な要素です」と明かし、「情熱的で理想主義的な若き共産主義者たちがケンブリッジ大学にいたといういう知識が重要。史実には忠実だと思いますし、観客はあの時代に関してより多くの知識を得ることができるはず」と自信をのぞかせる。
そしてナン監督は「ジョーンのとった行動は正しかったのか、とこの映画は問いかけています。観客の皆さんがこの問題について話し合いたい、熟考したい、討論したいと感じてくださることを願っています」と本作を製作した意義を語る。ノーウッドは告発された当時「私はお金が欲しかったのではない。私の関心があったのはそこではない。私はソ連が西側と対等な足場に立つことを望んでいたのだ」と語っていた。現代にも通じるその強固な信念と、数奇で衝撃的な実話を、是非とも劇場で目撃してほしい。
文/久保田 和馬