4代目は人間臭い激情家!D・クレイグ版につながるティモシー・ダルトン版ボンド

コラム

4代目は人間臭い激情家!D・クレイグ版につながるティモシー・ダルトン版ボンド

『007/死ぬのは奴らだ』(71)から12年間にわたって揺るぎない王朝を築き上げた3代目ジェームズ・ボンド、ロジャー・ムーアも寄る年波には勝てず、『007/美しき獲物たち』(85)を最後に引退。その後任として指名を受けたのが、英ウェールズ出身のティモシー・ダルトンである。

ロジャー・ムーアが演じた軽妙な3代目から一転、硬派なボンドを演じた4代目ダルトン
ロジャー・ムーアが演じた軽妙な3代目から一転、硬派なボンドを演じた4代目ダルトン写真:SPLASH/アフロ

ダルトンが演じたボンドは、エレガントでコミカルだった先代のムーアとはまったく異なるシリアス路線で、それ以前からボンドがまとっていた貴族的なイメージも覆した。最大の特徴は、真っ先に目に飛び込んでくる顔の“濃さ”だろう。スパイ映画よりも、コスチューム・プレイのほうが似合いそうな風貌。実際のところダルトンは少年時代に「マクベス」の舞台を観て演技の道を志し、王立演劇学校で学んだこともある元シェイクスピア俳優だった。ダルトン版ボンドのお披露目作品『007/リビング・デイライツ』(87)の日本配給を手がけたUIPもその濃厚な顔立ちを意識したのか、「こんどのボンドは危険なくらい野性的。」という宣伝コピーを編み出した。

【写真を見る】初代ショーン・コネリーの降板時など、実は何度もボンド役の候補になっていた
【写真を見る】初代ショーン・コネリーの降板時など、実は何度もボンド役の候補になっていた写真:SPLASH/アフロ

その“危険な魅力”は、シリーズ25周年記念大作『007/リビング・デイライツ』のプレタイトルで早くもうかがうことができる。MI6と英陸軍特殊部隊SASの合同訓練が行われるジブラルタルの岸壁に颯爽とパラシュートで舞い降りたボンドは、SASの兵士になりすました殺し屋を猛然と追跡。必死の形相と荒々しいアクションを強烈に印象づける初登場シーンとなった。その後、ボンドはソ連のKGBによる西側スパイの皆殺し作戦の真相を追いながら、雪上や氷上をすいすい走るアストンマーチンや気絶ガスを仕込んだQ特製のキーホルダーなども駆使するのだが、派手で奇抜なガジェットは前作までよりはるかに控えめ。あくまでダルトンの剛健な存在感を押し出したパワフルな活劇に仕上がっている。

『007/リビング・デイライツ』でボンドガールを務めたマリアム・ダボ
『007/リビング・デイライツ』でボンドガールを務めたマリアム・ダボ写真:SPLASH/アフロ

また、本作はマリアム・ダボがカーラという美しきチェロ奏者に扮し、歴代屈指の清純派ボンドガールを熱演しているのだが、カーラと恋に落ちるボンドは決してムーアのようなプレイボーイではない。危険な冒険のさなかにカーラを真面目に守り抜くボンドは、時に彼女のワガママも受け入れる人間臭さを垣間見せる。非情なスパイの世界では“致命傷”にもなりうる人間味を秘めたボンド。それこそがダルトン版ボンドの際立つオリジナリティーだろう。続く『007/消されたライセンス』(89)のボンドは、親友フェリックス・ライターの仇討ちという私怨に駆られ、さらなる人間臭さと血生臭さを匂い立たせていくのだ。

結局、ダルトンはこの2作品のみで殺しのライセンスを返上することになり、2代目のジョージ・レーゼンビーに次ぐ短命となったが、彼が体現したボンド像はイアン・フレミングの原作のイメージに最も近いとの評価も少なくない。そして、なにより人間臭い激情家のボンドという方向性は、現役ボンド俳優のダニエル・クレイグに受け継がれているのだ。

文/高橋諭治

関連作品