”アカデミー賞前哨戦”の冠は返上か。第78回ゴールデン・グローブ賞の「結果と課題」
現地時間2月28日、第78回ゴールデン・グローブ賞授賞式が行われた。映画部門では『ノマドランド』(3月26日公開)がドラマ部門作品賞、クロエ・ジャオの監督賞受賞で2部門、ミュージカル/コメディ部門では『続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』(20)が作品賞とサーシャ・バロン・コーエンの主演男優賞の2部門受賞となった。
ノミネーション発表の段階では『シカゴ7裁判』(公開中)、『Mank /マンク』(公開中)などを抱えるNetflixが映画部門22、テレビジョン部門20の合計42部門のノミネート数を得ていたが、結果は映画部門で『I Care A Lot』(20)のロザムンド・パイクがミュージカル/コメディ部門主演女優賞、『シカゴ7裁判』のアーロン・ソーキンの脚本賞で2部門受賞にとどまった。テレビ部門では「ザ・クラウン」がドラマ部門作品賞、主演女優賞ほか4部門受賞で最多受賞。
今年の授賞式は、例年ビバリーヒルズのホテルで行われていたバンケット形式を、候補者は全員自宅からバーチャル出演するオンライン形式に変更し、生放送した。オンライン授賞式は、昨年のエミー賞がパンデミック中ならではの演出で「これはこれで新しい」と評価を受けたのに比べ、ゴールデン・グローブ賞は演出面でも技術、コミュニケーションミスなどの粗が目立ち、視聴率でも前年比を大きく下回る散々たる結果となった。
授賞式1週間前の2月21日、「ロサンゼルス・タイムズ」と「ニューヨーク・タイムズ」にゴールデン・グローブ賞を主催するハリウッド外国人記者協会(HFPA)の閉鎖性と、賞レースを走るスタジオとの不健全な関係を暴露する記事が出た。記事によると、“アカデミー賞前哨戦”という冠で語られるゴールデン・グローブ賞の行方を決めているのは87名の外国人記者たちで、およそ半数が精力的に活動しているジャーナリストではなく、さらに黒人会員は1人もいないという。また、明らかに“見返り”を期待した会員向けの取材旅行が盛んで、テレビ部門の主演女優賞ほか2部門でノミネートされている「エミリー、パリヘ行く」を製作したパラマウント・ネットワークが、HFPA会員30名を豪華パリ取材旅行に招待していたという。
また、A24とブラッド・ピットの製作会社PLAN Bが製作したアメリカ映画『ミナリ』(3月19日公開)が、劇中使用言語の50%以上が英語以外の言語(韓国語)という理由で、外国語映画賞にノミネートされていることにも批判が集中していた。記事を受けて、映画監督のアヴァ・デュヴァネイやJ.J.エイブラムス、女優のヴィオラ・デイヴィス、オリヴィア・ワイルド、ジェニファー・アニストン、プロデューサーのションダ・ライムズなどが「#TimesUpGlobes」運動に賛同し、SNSで発信していた。
この批判を受け、授賞式のオープニングで司会のエイミー・ポエラーとティナ・フェイが、「ゴールデン・グローブ賞は黒人を含まない90人くらいの旅行好きなジャーナリストが選ぶ賞」とジョークのネタに転嫁し、HFPAの代表による「変化の必要性を感じている」という意見表明にも、「表面的な改革はいらない」と手厳しく評されている。
だが、パンデミックにより甚大な影響を受けた映画界の2020年を総括し、そんな時代にこそ必要な映画の力を感じる場面もいくつかあった。映画部門ドラマ部門主演男優賞に輝いた『マ・レイニーのブラックボトム』(20)のチャドウィック・ボーズマンは、ご存知のように昨年8月28日に癌により43年の生涯を閉じている。妻のシモーン・レドワード・ボーズマンが賞を受取り、「彼は神に、両親に、祖先に、自分をここに導いてくれたこと、そのために払った犠牲について感謝していることでしょう」と涙ながらに述べた。授賞式の前半には、子ども達との連想ゲームで「チャドウィック・ボーズマンから想像するものは?」という問いに「『ブラック・パンサー』!」と元気に答えるビデオが流れたばかりだった。
そして、韓国系アメリカ移民の物語だが、外国語映画賞にカテゴライズされ、見事受賞となった『ミナリ』のリー・アイザック・チョン監督は、「これは、自分たちの言葉を語るための言語を持とうとする家族の物語です。どんなアメリカの言語より、どんな世界中の言語より、深い言葉です。それは、心を表す言葉だからです」と、言語にまつわるバックラッシュを踏まえたうえでの素晴らしいスピーチを述べた。
サプライズもある。ドラマ部門主演女優賞では、ビリー・ホリディの人種差別、薬物、アルコール依存症を患った壮絶な人生と、彼女が歌い続けたテーマソング「奇妙な果実」をめぐる物語『The United States VS. Billy Holiday』のアンドラ・デイが受賞。ミュージカル/コメディ部門主演女優賞では、Netflixのスリラー作品『I Care A Lot』で、高齢者の成年後見人のふりをし、詐欺を働くタフな女性を演じたパイクが受賞している。どちらとも前評判ではほかの受賞者の名前が挙がっていたカテゴリーで、急に名前を呼ばれたアンドラ・デイは慌て、スピーチを書いた紙をスタッフから取り上げる様子が生中継された。
そろそろ“前哨戦”という冠を返上し、もう一度賞レースの意味を考えるべきときに来ていると実感させたゴールデン・グローブ賞と、賞を授けるHFPA。内部事情を暴露した記事はHFPAの閉鎖性と時代錯誤を問いただすものだったが、同時に賞をビジネスとして利用するスタジオと放送局の功罪も大きい。視聴率の低さも、Time is Up(時間切れ)のフレーズも、観客不在のまま混乱したレースを続けてきた映画業界に対する世間の視点なのだろう。