日本出身アート・ディレクターが明かす「ワンダヴィジョン」の舞台裏!「6時間の映画を作る意識だった」
マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)フェーズ4の第1弾としてDisney+で配信中の「ワンダヴィジョン」は、MCU初のドラマシリーズにして、シットコム(観客を入れた公開録画風ドラマ)スタイルという意欲作だ。ニュージャージー州ウエストヴューの“完璧な街”に暮らすのは、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(18)で壮絶な運命を辿ったアンドロイドのヴィジョン(ポール・ベタニー)と、恋人のワンダ・マキシモフ(エリザベス・オルセン)。2人が“完璧な生活”を送る瀟洒な家や美しく整備された町並みは、美術部ことプロダクション・デザインの仕事だ。「ワンダヴィジョン」でアート・ディレクターを務めた鈴木智香子に、細かなこだわりやハリウッドでの仕事について聞いた。
――今日はどうもありがとうございます。
「どこまで私が答えられるかわかりませんが(笑)。もう全話配信されているのでネタバレは心配ないのですが、マーベルって奥が深いので、この作品に関わっているからといって、マーベルのことをすべて知っているというわけではないので…」
――ハリウッド映画やドラマは、たとえ1日だけ取材するにしても、必ずNDA(秘密保持契約)を結びますよね。現代のSNS普及度なども関係しているのでしょうか。
「撮影中も、作品に関わっていることを公にはできないんです。最初に担当したマーベル作品は2015年から2016年に放送された『エージェント・カーター』で、そのころに比べると更に厳しくなっています。次が2017年から2019年に放送された『マーベル ランナウェイズ』で、その間にマーベルが情報の価値について調査をしたらしく、新作の情報が漏洩した際にマーベルが被る損害を数値化すると、かなりの高額になることがわかったんだそうです。それが厳しくなった理由とも言われています。映画でも大作はコードネーム(仮のタイトル)を使ってやるのがハリウッドのスタンダードですね」
――「ワンダヴィジョン」もコードネームで呼ばれていたんですか?
「なんだったかは言えませんが、最初はそうでした。例えば、美術の素材発注の際にもどの作品に使われるかを隠すために、コードネームで発注するんです。看板などを発注する時も、印刷屋さんともNDAを結びます」
――そもそも、鈴木さんが「ワンダヴィジョン」に参加されたきっかけは?
「プロダクションデザイナーのマーク・ウオージトンは、カーネギーメロン大学の大学院での先輩で、“ハリウッドの父”と呼んでいる方。駆け出しのころからとてもお世話になっていたんです。もともと彼のアシスタントからこの仕事を始めました。実はこのお話をいただく直前に、関わっていた映画の『AKIRA』の制作がストップしちゃったんですね。同じ頃に、『ワンダヴィジョン』のスーパーバイジング・アートディレクターのシャロン・デイヴィスからも電話があって、参加することになったんです」
――基本的な質問ですが、プロダクション・デザイナー(美術監督)とアート・ディレクターのお仕事の違いはなんですか?
「プロダクション・デザイナーは全体的なイメージ・デザインの構想を練ります。そのイメージを具現化するのがアート・ディレクターです。プロダクション・デザイナーからイラストやイメージ・ボードと言って、イメージに沿う資料を集めたものをもらい、そこから製図を描き始めます。最近だとプロダクション・デザイナーが3Dモデルを立ち上げて、アート・ディレクターが色調や素材を提案していくこともあります」
――「ワンダヴィジョン」だと何名くらいのチームなんですか?
「アシスタントも含めて全部で15名くらいですかね。アート・ディレクターは3名で、その下にアシスタントがいて、そのほかにセット・デザイナーといって製図を描く担当と、グラフィック・デザイナーがいます。そして事務的な役割を担うコーディネーターと、プロダクション・アシスタントがいます。それぞれ、アトランタ撮影チームとLA撮影チームがいました。テレビ・シリーズにしてはめちゃくちゃ大きなチームでしたね」
――「ワンダヴィジョン」の美術に関して、どんなリサーチをされたんですか?
「いろいろな年代が混じるピリオド・ピース(時代もの)なので、各年代のシットコムやCMを観たり、その年代に出版された建築雑誌などを参考にしたりしました。具体的には、1961年から66年に放送されたホームドラマ『ディック・ヴァン・ダイク・ショー』、1964年から1972年放送の『奥さまは魔女』、1987年から1995年放送の『フルハウス』、最近の作品だと2009年から2020年に放送された『モダン・ファミリー』などですね。年代が分かれているので、幅広いリサーチが必要だったんです」
――大きな違いとして、シットコムは“3カメラ”で撮り、通常のドラマを“シングルカメラ”という呼び方をしますが。
「シングルカメラと言いますが、実際には2台くらいカメラが回っているんですよ。Aカメラ、Bカメラというように。シットコムは据え置きの大きなカメラがどーんとあるスタイルです。映像業界には、シットコム、シングルカメラ、映画と3つパターンがあって、各分野を行き来するスタッフは少ないですね。最近は映画とテレビの境界線はなくなって来ていますが、シットコムは作品の作り方もスケジュールの組み方も違うので、スタッフが混じることはあまりないです」
――シットコム設定でのこだわりは?
「マークと冗談で言っていた、『普段だったらやらないけど、シットコムならできるよね』というものがありました。観葉植物や植木も美術部の仕事なんですが、シングルカメラの場合は極力本物の素材を使いリアリティを追求します。でもシットコムだとプラスティックのほうが世界観と合うこともある。『ワンダヴィジョン』をご覧になっていて気づいたかもしれませんが、シットコムの世界は“完璧”なんです。完璧さを出すために、わざとプラスティックの植物を使ったりしました」
――セットデザインができあがるまでどれくらいの期間がかかるものですか?
「作品によって異なりますが、『ワンダヴィジョン』は準備期間に2、3か月あって、余裕がないということはなかったですね。通常は1、2週間でデザインして、みたいなこともざらにあります。『ワンダヴィジョン』は全9話のテレビシリーズを作るのではなく、6時間の映画を作る意識で作っていました。通常のテレビシリーズだと1話ごとに監督も撮影監督も変わったりしますが、今回は長編映画を作るように1話から9話まで、監督のマット・シャックマンも撮影監督のジェス・ホールも、スタッフも同じメンバーで作っています。だから準備期間を長く取れたというのもありますね」
――なるほど。脚本はエピソードごとに分かれていて、撮影前にすべて上がっていたんですか?
「ほとんど上がっていましたね。最初のほうのエピソードは結構順撮りで、年代ごとに撮影していました。ウエストヴュー以外の現実世界のシーンの撮影が始まってからは、行ったり来たりですが。年代別に撮っていた理由は、1話、2話はモノクロ撮影で色味が変わってくるから。実際に目にする色味と、モノクロ用のカメラを通した時に映る色の違いがあるので、最終的にどのように見えるかをテストしながら撮っていました。普段、サンプルボードというものを使ってカメラの色味テストをするんですが、ボード数が半端なかったですね。モノクロだけでなく、テクニカラーも特殊なので、撮影監督とはかなり念密にミーティングしました」
――「Entertainment Weekly」の記事によると、モノクロ撮影の際のヴィジョンの顔は赤ではなくて、青く塗られていたそうですね。
「ああ〜、そうでしたね(笑)。撮影監督とメイクさんが何度も色味を試していました。モノクロの撮影では、普通に見ると『え、ちょっとそれはない』と思うような色の組み合わせを使っていたりもします」
日本生まれ、日本育ち。現在はアメリカ国籍で、カリフォルニア州ロサンゼルス在住。
カーネギー・メロン大学演劇学部にて修士号を取得後にロサンゼルスに移り、ハリウッドの美術監督として活躍。2014年に『ハウス・オブ・ライズ』で国際エミー賞美術賞を受賞。これまでに参加した主な作品に、『ニュースルーム』『カリフォルニケイション』『アグリー・ベティ』など。