日本出身アート・ディレクターが明かす「ワンダヴィジョン」の舞台裏!「6時間の映画を作る意識だった」

インタビュー

日本出身アート・ディレクターが明かす「ワンダヴィジョン」の舞台裏!「6時間の映画を作る意識だった」


――シャックマン監督とはどんなことを話し合われたのですか?

「マットは、プロダクションデザイナーのマークとも付き合いが長いので、美術部にも頻繁に来ていろいろな意見のやり取りをしました。実際に3Dモデルの中でカメラを動かしてみて、セットの大きさや壁の高さを調整しました。今は、実際にセットを立ち上げる前にそういうことができるから助かるんですよね」

――マーベル作品はとても熱心なファンが多くて、新エピソードが公開されるごとにあらゆる考察が行われていましたが、例えばダーシー・ルイス演じるキャット・デニングスが「誰かダーシーの腕時計に気づきました?」とツイートしていたのはご存知でしたか?

「これ、全く知らなかったんですよ(笑)。おそらくこの件に関しては監督と小道具(プロップ・マスター)が話し合うなかで出てきたんじゃないですかね。特に、腕時計というのは衣装ではなくて小道具(プロップ)に入るので、プロップ・マスターのラッセル・ボビットとマットが話して出てきたアイデアかもしれません。彼はMCUをがっつりやってるので、マーベルについてすごく詳しいですよ」


――撮影はほぼアトランタで行われていたとのことですが、ウエストヴューの街はワーナーのスタジオですよね。

「あれはロサンゼルス近郊のワーナーランチというスタジオと、ディズニーランチのオープンセットの2か所で撮っています。少しアトランタも混じっていますが。ワンダとヴィジョンの家のセットがある通りは、実際にいろいろなシットコムの撮影に使われているオープンセットなんです。アグネス(キャスリン・ハーン)の家は『奥さまは魔女』で実際に使われていた家です。『アグネスは魔女だし、おもしろいんじゃない(笑)』ということで決まりました。それから、マット・シャックマン監督は子役出身で、彼が出演していたシットコムもあの道で撮られていたんだそうです。企画の最初からそこにはこだわっていて、『家の外観はワーナーランチのあの道で撮ろう』と言っていました。完璧な世界を作り上げるためにも、アトランタではなくロサンゼルスの青い空が大切だったんです」

最強の敵である魔女、アグネスの家は『奥様は魔女』でも使用されていたそう!
最強の敵である魔女、アグネスの家は『奥様は魔女』でも使用されていたそう![c]Marvel Studios 2020.All Rights Reserved.

――シットコムの特徴として、観客を入れて撮影していますが、印象に残っていることはありますか?

「観客用の客席も作ったんですよ。スタジオには客席はないので、シットコム用に客席を作って、50年代っぽい椅子を集めて…というところから始めました」

――鈴木さんはハリウッドの作品を手掛けられていますが、日本映画やドラマを観ていて、美術で最も違うのはどんなところだと思いますか?

「はっきり言うと予算ですね。日本の美術監督協会のようなところの会長とお話する機会があっておもしろいお話を聞きました。ハリウッドでは窓の向こうの景色に“バッキング”と呼ばれる背景を使うのがスタンダードなんですが、日本ではほとんど使われることがないらしい。スタジオが小さいから場所の問題かと思っていたんですが、どうやらそうではないようで。昔はスタジオの壁に書き割りのような絵を描いたりしていたらしいんですが、現在では窓の外から光を入れまくって、白く飛ばして処理しているんだそうです。それが気になってしょうがないんですよ(笑)。そこが一番大きな違いなんじゃないでしょうか」

日本とハリウッドにおける美術の違いや問題点を語った
日本とハリウッドにおける美術の違いや問題点を語った

――ハリウッドは細かなところにもこだわりがありそうですし。

「それはすごくこだわりますよ。『マッドメン』(07-15)のプロダクションデザイナーはダン・ビショップという人なんですが、ダンはその年代のネジにまでこだわって揃えたという逸話を聞きました。そのノリはあって、私たちも蛇口からドアノブから金具から、年代にはこだわります。デザインチョイスの一つとしてこだわるんですが、金具は意外に大きな役割を担うんですよ。現代劇でもドアノブや壁紙、床など結構こだわります。逆に、日本の映画やドラマの美術さんは力が入りすぎていて、美術に目を奪われすぎちゃうこともあります。最近観たドラマでいくつかありましたね。監督が思い描く物語を伝えるために美術があるのであって、自己主張しすぎてもいけないんです」

――ここ何年か、ハリウッドでは多様性、包摂性が言われて久しいですが、撮影現場でそれを感じることはありましたか?

「年を追うごとに高まっているのは実感としてあります。撮影現場も昔は本当に男性社会で、テック・スカウト(ロケハン)の時にバスに乗ると男性の割合が多くて、女性は私も入れて1人、2人ということもよくありましたが、最近は女性も増えてきました。そして、スターがマイノリティ出身だと、スタッフにもマイノリティが多い印象があります。オクタヴィア・スペンサー主演のApple TV+のドラマ『真相-Truth Be Told』は、黒人のスタッフも多かったし、ショーランナーも女性だったので女性スタッフも多かったですね。ぶっちゃけてしまうと、『ワンダヴィジョン』のアトランタ撮影のアート・ディレクターはほとんど女性でしたが、その他はあまり多様性があるとは言えないスタッフ構成でした」

オクタヴィア・スペンサー主演の「真相-Truth Be Told」では黒人スタッフが多かったという
オクタヴィア・スペンサー主演の「真相-Truth Be Told」では黒人スタッフが多かったという画像はTruth Be Told(@truthbetold)公式Instagramのスクリーンショット


――出演者によって変わるのは、つまり「インクルージョン・ライダー」(『スリー・ビルボード』(17)で主演女優賞を受賞したフランシス・マクドーマンドがスピーチで述べた言葉で、出演契約の付帯条項に包摂性を入れること)ということなんでしょうか。

「ハリウッドではスターがプロデューサーに名を連ねることも多いので、そこから変わっていきます。オクタヴィアだとメイクさんに黒人女性を起用したり、まずは彼女の周りから変わっていきますよね。アジア系米国人はたまにいますけれど、総じてアジア系は少ないです。『ワンダヴィジョン』のアトランタ撮影で日本人は私1人で、ロサンゼルス撮影では撮影部に1人日本人男性がいて、『日本人だよね?』とお互いびっくりしたり。あれだけのスタッフがいて2人ですからね。アニメーション作品には日本人も多いと思いますが」

――ロサンゼルスでJapan Cuts Hollywood映画祭を開催されるなど、日本人クリエイターのハリウッド進出支援にも取り組まれていらっしゃいますが、現状においては国際的な進出はなかなか難しいようです。海外を目指す日本のクリエイターへのアドバイスなどありますか?

「日本のクリエイターの方々、すごくかわいそうだなと思うんですよ。国からのサポートが足りないし、支援があってもどうしても大きな作品に行ってしまう。Japan Cutsで見つけたおもしろい作品にはまだ字幕が入っていなかったんです。字幕作成に関して政府の支援はあるんですが、著名な映画祭でないと支援できないと言われてしまったんです。逆に、大きな映画会社が作っている作品は日本国内で資金を回収できるように作っているので、海外進出を求めていない。いい作品を海外に持って行こうとしても、面倒くさがられてしまうんですよ。間に挟まれるクリエイターはすごくかわいそうだなと思います。まずは、政府を含めて映画業界全体の意識改革をしていかないとなかなか難しいですよね」

文/平井 伊都子

■鈴木智香子 プロフィール
日本生まれ、日本育ち。現在はアメリカ国籍で、カリフォルニア州ロサンゼルス在住。
カーネギー・メロン大学演劇学部にて修士号を取得後にロサンゼルスに移り、ハリウッドの美術監督として活躍。2014年に『ハウス・オブ・ライズ』で国際エミー賞美術賞を受賞。これまでに参加した主な作品に、『ニュースルーム』『カリフォルニケイション』『アグリー・ベティ』など。

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