『ノマドランド』撮影監督が明かすこだわりの撮影手法「いままでに降りたことのない深みまで、没入感を」
第93回アカデミー賞で、作品賞、クロエ・ジャオの監督賞、主演女優賞の3冠を達成した『ノマドランド』(公開中)が、6月9日からデジタル先行配信がスタートした。
2015年の『Songs My Brothers Taught Me』から『ザ・ライダー』、本作を経て次回作の『エターナルズ』に至るまで、ジャオ監督の文字通り右腕、いや“眼”として撮影監督(『エターナルズ』ではカメラ・オペレーター)を務めてきたのは、ジョシュア・ジェームズ・リチャーズだ。学生時代からの公私にわたるパートナーで、誰よりもジャオ監督のクリエイティビティを理解する同志として、二人三脚で映画を作り上げてきた。彼らは、誰も観たことのない映像を生み出し、誰も到達したことのない意志伝達の方法を得ようとしている。あまりにも自然に打ち明け話をするノマドたち、息遣いが聞こえてきそうなほど密着したファーン(フランシス・マクドーマンド)のプライベート空間、そしてアメリカの原点を思わせるマジックアワーの空。『ノマドランド』で描かれた台詞よりも雄弁な映像は、現時点での到達点なのだろう。
リチャーズへのインタビューから、本人も独特と感じたという撮影手法や、ジャオ監督という才能、映画撮影における絶対的なこだわりなどが明らかとなった。
「クロエは『こんな人に会いたい』と思っていたタイプそのもの」
――クロエ・ジャオ監督との最初の出会いは?
「クロエとはニューヨーク大学の映画学校で出会いました。彼女は、僕が『映画学校に行ったら、こんな人に会いたい』と思っていたタイプそのものでしたね。そのとき、『いったいこの人は何者?』と思いました。クロエのような人には会ったことがなかったし、その後も彼女のような人には出会えていません。それで、クロエがサウスダコタのバッドランドで撮ろうとしていたこの冒険的な映画(『Songs My Brothers Taught Me』)について話してきました。これはなんとしてでも参加しなくては、と思いました。当時のことをいま振り返ると、とても特別な体験だったと思います。なんの準備もなく撮った映画だったからこそ、自分の映画への気持ちがわかりました。大いに自由がありました。いま思うと、それが特にありがたかったです」
――この映画のいくつかのシーンには、組織化された撮影では撮れないだろうな、と思わせる、ちょっと神がかったカットがありました。どのような心算で撮影に臨まれたのでしょうか。
「重要な点に触れてきましたね(笑)。準備は大事です。蝶が獲れたらいいなと思っているのに、手ぶらで行くときがあるでしょう。『もしかしたら…』という可能性のために、常に準備はしておくべきなんですよ。だからまずは、小さな努力を怠らないこと。よく計画をしましょう。そうするとスタッフの選び方も変わってきますし、より慎重になるんです。
クロエはスタッフひとりひとりと直接会って丹念に打合せをしました。撮影現場のムードを作ろうとしていたんです。本物のノマドたちに映画に参加してもらい、それをキャメラに収めるためには、彼らが緊張しなくてすむ環境が必要でした。僕の短いキャリアのなかでも、撮影現場の独特の雰囲気を何度も感じてきました。撮り方が邪魔して、いい瞬間を逃すことがあります。いまはこの撮影スタイルが気に入っていますよ、本当に。もっと機材があればなあ…と思うこともあるけど、制限があるからこそ、努力を忘れないというメリットもありますから。それと、もうひとつの準備は、どんなシナリオでも、どんな状況になっても、決めた撮影方針を守り抜くということ。そして、映画を通底する画の基盤を忘れないようにする。その映画ならではの個性を出したいですからね」