『ノマドランド』撮影監督が明かすこだわりの撮影手法「いままでに降りたことのない深みまで、没入感を」
「車のドアを閉めると…とても安心できる、本当に驚きの感覚です」
――今作では撮影監督だけではなく、美術としてもクレジットされていますね。
「撮影方法を模索している間に自然と美術もやることになったんです。本格的な美術部に入ってもらいたくもあったのですが。でも、あまりにもばたばたしていたので、即興的にやってしまうことが多くなりました。実際に現場に入ると、美術の仕事がすごくありました。あらゆるものを設営して、統一感がでるように色味を調整したりもしたんです。
それから、ファーンのヴァンガード号に個性を出したかったので、僕らで造りました。ファーンを演じるフラン(シス・マクドーマンド)の思い出や心もちといった内面の世界を車のインテリアで表したかったんです。実際に車上生活してみると分かるけど、すごいですよ。家でカーテンを閉めるようにドアを閉めると、そこはもう繭の中で、とても安心できる、本当に驚きの感覚ですよ。すぐそこは外の世界なのに自分はこの安全なところにいる…画にもそれを反映させたかったんです。なおかつ、撮影できる環境でなくてはならなかったので、キャメラをできるだけ小さくして、いわゆる映画的なムードではなく、フランと一緒に車の中でぎゅうぎゅう詰めになっている感覚を狙いました。技術的には端っこから撮ったり、裂け目から狙ったりしたけど、観客は車内にいる感覚になれると思います」
――映画を志した時に、影響を受けた映画や監督はいますか。
「最初はチャールズ・チャップリンで、そのうち監督に興味が移っていきました。ヴェルナー・ヘルツォーク 、もちろん(テレンス・)マリックも、そしてアラン・クラークを発見し、大きな影響を受けました。その頃、初めて映画の可能性を見出しました。映画はいまも実際に生まれ変わっています。確かハーモニー・コリンだと思うんですが『映画はまだ産道にひっかかっている状態だ』と言っていました。まだ観たことのないような映画を撮ろうとすることが大事です。芸術の世界では、肖像画が上手かろうが、そんなことは問題ではない。才能があっても、誰も描いていない新しい絵でなければ意味がない。映画の取り組みも同じでなくてはならないと思います」
「もっと没入感を。いままでに降りたことのない深みまで」
――技術は映画になにをもたらすと思いますか。新しい表現を見つける扉を開くと思いますか?
「僕は技術畑の出ではないけれど、デジタル露出計のおかげで、クロエとこうしてデジタル撮影ができています。でも、フィルムかデジタルかっていう議論にはちょっとうんざりしています。僕なら内容に集中しますね。『ノマドランド』の準備中にクロエに『編集でフィルム感を出したいか』と聞きました。返事は『要らない』でした。観客と対象の間に何も挟みたくない、と。デジタルで撮ったけれど、何の加工もしていません。いまの時代の、デジタル世代の映画だから。僕はそれで良いと思います。アルフォンソ・キュアロンが『ROMA/ローマ』について言ったことにぐっときましたね――『過去を現代のレンズを通して見る』。映画の手法という意味で、革新的だと思いました。だって、彼ならば、あの映画をレトロ張に撮ることはいくらでもできたわけですから」
――なるほど。
「でもやはり、映画撮影とは意思伝達の方法なのだと思います。『マリックのワイドな画角の美学はちょっと古くなってきている』と言った人がいました。僕は、あれは『美学』じゃないと思いますね。それはとても狭い了見ですよ。マリックには、物語を伝えることと、映画制作に対する哲学があるからああいう画になっていると思います。それを『美学』と簡単に片づけるなら、映画が持つ共感を呼ぶ力を否定することになります。そんな考えでは、ノマドの世界の息遣いを観客に感じさせることはできません。僕はキャメラを演技の内側に突っ込んで、頭で分かる前に体で感じられるようにしたかったんです。映画撮影の手法としては、もっと没入感をねらっていきたい。いままでに降りたことのない深みまで降りて。個人的にはこの方向性を突き進んでいきたいと思う」
構成・文/平井伊都子