『ノマドランド』フランシス・マクドーマンド、クロエ・ジャオ監督との映画作りは「アメリカン・ドリームの一つ」
まもなく発表となる第93回アカデミー賞において、作品賞、監督賞、主演女優賞など、主要6部門にノミネートされ注目を集めている『ノマドランド』(公開中)。フランシス・マクドーマンドが、本作の原作であるジェシカ・ブルーダーの著書、「ノマド: 漂流する高齢労働者たち」の映画化権を取得したのは、2017年のことだった。翌年、マクドーマンドが2度目の主演女優賞を受賞した第90回アカデミー賞授賞式の前夜に行われたインディペンデント・スピリット賞の舞台裏で、マクドーマンドとクロエ・ジャオ監督は『ノマドランド』映画化における契約を結んでいる。
経済破綻の末に、アメリカンドリームの象徴であったマイホームを捨て路上に出る熟年者たちを追いながら、アメリカの原風景とも言える大自然の豊かさをカメラに収める。たとえパンデミックが起きていなくても、『ノマドランド』は2020年のアメリカを代表する作品として映画史に残っただろう。この2人が出会い、この作品を作ったのは必然だったとしか思えない。プロデューサーと主演を務めたマクドーマンドのインタビューからは、ストーリーテラーとしての揺るぎない生き様が感じられる。
「原作の著者が伝えていることは、ただごとではありませんでした」
――出版からまもなく原作の映画権を取得されていますが、どこに興味を持ったのでしょうか?
「原作を読んで、バンで各地を巡ることに対して抱いていたロマンチックな気持ちがすっかり打ち砕かれました。この現象の現実に平手打ちを食らいました。なぜ経済的な選択として多くの人がノマドという生き方に傾いているのかが、正確に説き明かされていたので。この本で(著者の)ジェシカが伝えていることは、ただごとではありませんでした」
――クロエ・ジャオを監督に抜擢したのはあなただそうですね。
「クロエの前作『ザ・ライダー』を、ちょうどトロント国際映画祭で観ていたんです。とても気に入り深く感動して、『クロエ・ジャオっていったい何者?』と考えを巡らせました。しばらくの間お目にかかれなかった最高の映画の一つでした。製作者の立場から見ると、女性監督が男性的と言える西部を主題にしたジャンルの類型を利用して、逆境に打ち勝ち、夢のかたちを変えながら行き抜く意志の力を描く、より普遍的な映画にしているところに魅かれました」
――実際に車上生活をしながらの撮影はいかがでしたか。
「最年長は撮影当時61歳の私で、最年少は24歳でした。この撮影班の人数以上のお抱えスタッフを引き連れているスター俳優と仕事をしたことがあります。私たちはとても効率の良い、コンパクトな映画制作チームでした。5か月以上をかけて7つの州を一緒に旅していくうちに、一つの生命体のようになっていきました。すごい結束力でした。なにか起きると、それぞれが部門を超えて問題を解決していきました。必要とあれば臨機応変に進行することができるチームのおかげで、結びつきの強い車上生活者の共同生活体に溶け込むことができた気がします」
――あなたのファーン役の造形は、真に迫っています。キャラクターや役柄の設定に親近感を覚えましたか。
「私はアメリカの労働者階級の出身です。そうした人々に預けられ育てられました。それから、40代の頃、夫に『65歳になったら名前をファーンと変えてラッキーストライクを吸ってワイルドターキーを飲んで、RV車で旅に出るから』と伝えてあったのです。その夢を少しだけ早く叶えられました。ただし、乗った車は自分の車で、飲んだお酒はテキーラだったけれども」
――実際にジャオ監督と仕事をしてみて、いかがでしたか。
「クロエは、私たち俳優に対しても、俳優ではない出演者と同じ方法で演出していました。クロエはキャンプ地までよく来てくれて、私達の家族とも一緒に長い時間を過ごしました。私達がどんなやりとりをしてどんな会話をしているかを、実生活のなかで観察していたのです」
――車上生活者の方々が実際に就くような、厳しい仕事を体験されたんですね。
「ファーン役として実際の働き手に混じって、赤カブの収穫工場や観光地の食堂、国立公園のキャンプ用務員として働きました。もちろん、実際の仕事に要求される過酷な所定時間をフルで働いたわけではありません。でも働くことによって直面する高齢労働者の肉体的な問題や苦痛、その一方で得られる労働の喜び、例えばキャンプ用務員として大自然のなかで働ける喜び、生きる目的を実感できること、こうした様々な仕事から得られる収入についてもリアルに描き出そうとしました」
――今作では、風景の価値観は役柄の価値観に対してとても有機的であるように思われました。劇中のあなたの価値観とある程度の類似性を見受けました。
「大変光栄な褒め言葉だと思います。ありがとう。正しく理解するのに長い時間がかかりました。壮大な景観はアメリカの特徴なので、物語の一部として常にクロエが重要と考えていたものでした。とても壮大でした。過去10年間映画に出演してきて、自分自身の演技について感謝することを学びました。あるジャーナリストが映画のなかの私の顔について、『国立公園を訪れているようだ』と言いました。その言葉をとても気に入っています」
アメリカン・ドリームの1つは、クロエ・ジャオのような人と仕事ができること
――ファーンとあなたが『スリー・ビルボード』で演じたミズーリ州の郊外に住むミルドレッド役との間に、なんらかのつながりは感じられますか?
「彼らは両方とも私でした。私は過去38年間、主にアメリカ人の女性役を演じてきました。ドイツのユダヤ人とアイルランド人を演じたこともありましたが。ミルドレッドとファーンは労働者階級のバックグラウンドを持っています。私も労働者階級の出身です。そして、映画で物語を伝えるということは、『もしも』を伝えるすばらしいゲームなのです。労働者階級のアメリカ人という背景を持つ私が、『もしも』大学や大学院に行く機会がなかったとしたら。『もしも』自分の可能性を信じて夢の実現を助けてくれる配偶者とパートナーを組む機会がなかったら。『もしも』息子と出会っていなくて、より充実した人間になる機会を持てていなかったら。『もしも』私が『ザ・ライダー』を観賞することがなく、クロエに出会わなかったら…。多くの『もしも』が存在します。私が思うアメリカン・ドリームの1つは、クロエ・ジャオのような人と仕事ができることです」
製作者として、俳優としてさらにキャリアを高めることとなった本作への想いを語ったマクドーマンド。4月23日から『ノマドランド』上映劇場で順次販売開始となった「サーチライト・ピクチャーズ・マガジン」vol.18『ノマドランド』issueでは、彼女が絶対的な信頼を寄せるジャオ監督へのインタビューはもちろん、作家の佐久間裕美子や写真家の長島有里枝、映画ジャーナリストの宇野維正によるレビュー・コラムなど、『ノマドランド』の作品世界をより深められる読みものも掲載している。あわせて、チェックしてみてほしい。
取材・文/平井伊都子
「サーチライト・ピクチャーズ・マガジン」vol.18『ノマドランド』
クロエ・ジャオ監督やマクドーマンドなどのインタビューはもちろん、作家の佐久間裕美子や写真家の長島有里枝、映画ジャーナリストの宇野維正によるレビュー・コラムなど、『ノマドランド』の作品世界をより深められる読みものも掲載。4月23日より、『ノマドランド』上映劇場で順次販売開始。
発売中 定価:840円(税抜価格764円)
ムービーウォーカー刊